予感。
トントントン。
規則的な音が、耳に心地よい。
手元にはまな板と包丁、そして綺麗に切られた野菜たちだ。
宿泊はコテージと言っても、昼食を始め夕食も屋外で食べることになっていて、調理は昼に使用したバーベキューグリルの代わりに、バーナーコンロがテラスに用意されていた。
調理台にしていたテーブルには、夕食の材料が積まれている。
シンプルな白いエプロンを着けた光は、自分のペースで捗る作業に、一人満足していた。
学院に入ってからは、料理などする機会はあまりなかった。
何せ、食堂に行けばいつでも最高級の完成された料理が提供されるのだ。
慣れない全寮生活で日々くたくたの体は、自炊の選択をあっさりと放棄させる。
それでも、久方ぶりに握った包丁はすぐ手に馴染み、主婦さながらの手際の良さで、着々と夕食を作っていた。
玉葱を炒めているとき、ふと気付いた。
「碌鳴の生徒って、料理出来んのか?」
本日のメニューはキャンプの定番、カレーライス。
バーナーコンロでは時間がかかってしまうため、室内の炊飯器はすでにセット済みだ。
彼らとて、米は炊けるだろう。
だが、それ以外はどうだ。
至れり尽くせりで育って来た生徒に、自分の食べるものを自分で作ることが果たして可能なのか。
一度気になり出せば興味は募るばかりである。
ちょっと他のコテージの様子でも見に行こうか。
いやいや、もし見つかれば何をされるか分かったものじゃない。
でも、今は注意して来る仁志もいないんだし。
何を言ってる、下手な行動は慎むべきだ。
好奇心を振り払うように、光は調理に没頭しようとした。
「だいたい、料理中は火から離れちゃ駄目だしな」
「そうなのか?」
「え?……ってうわっ!」
自分以外誰もいないはずのテラスで、突如返された相槌。
思わず目を剥いて音の方向を見れば、久しぶりに会う生徒会長様が、口角を持ち上げて立っていた。
開会式などの挨拶で姿を見ることはあるが、二人だけで会ったのは、七夕事件の日以来だ。
「会長?なんでここに」
「見回り中だ。これでも仁志と同じ生徒会役員だからな」
「そーでした」
楽しそうな顔で嫌味を吐かれ、光は苦笑を零した。
それからハッと顔を上げると、すぐにきょろきょろと周囲を確認する。
「何をしてる?」
暑さで頭がおかしくなったのかと、寄越される怪訝な目に構うことなく、少年は他に人影のないことを素早くチェックした。
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