◇
けれど千影がここまで必死に拒絶するのは、それだけが理由でないと、木崎には手に取るように分かった。
自分とて、千影をそんな場所には放り込みたくない。
何かミスをしても、全寮制では容易に逃げることが出来ない。
出口のない牢獄に入るようなものだ。
込み上げる本音を、木崎は煙草を灰皿に押し付けることによって、捻り潰した。
「この任務は前回よりも長期を想定している。動きやすい環境が出来上がるまでは、調査を始めなくていい。まずは学校に慣れることが先決だ」
「長期だったら尚更ヤバいだろっ。万が一俺の顔を覚えられたら、この先の仕事がやり難くなる」
「いつも以上に変装には気をつけろ。こっちで用意して……」
「武文っ!」
叩きつけるように吐き出された呼びかけに、木崎は口を閉じる他なかった。
含まれた悲痛の色が、男の胸を震わせる。
「学校なんて……俺が入れるわけないだろ?武文が、そうしたんだろ?」
今にも泣き出しそうに眉を寄せて。
縋るような茶色の瞳が、千影を覆う苦しみを叫ぶ。
押し殺した少年の台詞に、木崎は掌をきつく握り締めた。
「お前は『長谷川 光』と言う名前で、すでに学院に編入届けを出してある。お前は、碌鳴学院に入れ」
震える少年の身体に下されたのは、冷徹な麻薬取締官の言葉だった。
無情な宣告を受けた千影の端整な面が見る見る陰り、そうして。
「武文の万年メンソールっ!!いい年こいて、そんなん吸ってんなっ!!」
だっと踵を返し、ロフトにある自室へと逃げ込んだ。
それは、任務を了承したと言う意味でもある行動で。
無理やり被った仮面を取り去った木崎は、煙草の香りが染み付いた右手で、そっと目元を覆った。
「悪い……千影」
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