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「長谷川くん。それはね、たぶん「恋」なんだ」
「え……恋?」
「そう。ここでは男が男と体の関係を持つこともあるって、誰かに聞いたことない?」
「……あります」
転校初日に仁志から聞かされた、碌鳴ルールの一つだ。
異性がいない閉鎖空間にいるのだから、仕方のないことかもしれないと、割り切ったが。
綾瀬が仁志とそういう関係を持ちたいと思っているとは、どうしても思えない。
こちらの疑問が顔に出ていたのか、歌音は続けた。
「綾瀬くんの持つ思いはね、それとは別だよ。「恋」は、欲望の処理とはまったく異なる感情だから」
「……」
「碌鳴の生徒にはね、純粋な同性愛者はきっとほとんどいない。みんな学院の風潮とか、発散されない欲望とか、熱狂的な崇拝感情に流されて、男性に思いを傾けているだけなんだ。でも中には、ただその人間に恋をしてしまっただけの人もいる」
「同性愛者とも、別物ってことですか?」
呑み込みの早さを喜ぶように、歌音は頷いた。
「うん。性別を忘れているんじゃなくて、性別を取り払った視点から、相手を必要だと思い恋をしている人。同性異性関係なく、存在そのものを愛することが出来る人がいるんだ」
恋。
言葉は知っている。
誰かを愛し、焦がれる感情。
知識として持っている。
だが、光にとってその感情は、仁志と出会う前までの「友達」のようなものだった。
ただ知っているだけで、それがどのような思いなのか、リアルに知ることはない。
自分が抱ける想いだとは、思っていない。
誰かを愛する感情を、「恋」を呼べる感情を。
持つ日はきっと、訪れないだろうと。
「綾瀬くんは、仁志くんに「恋」をしているんだろうね。だから、「友達」のカテゴリーには、入れたくないんじゃないかな」
「なんか、凄いですね」
「どうして?」
不思議そうに言われ、光は曖昧に微笑するしかなかった。
自分の知らない思いを、抱き解する人がいるのは、とても偉大なことのように感じる。
正直に告げたところで理解されないと分かっていたから、何も返せないのだ。
光の表情に何かを察したのか、歌音は。
「長谷川くんはない?誰かを思うと、脈打つ鼓動が早くなったり、どうしようもないほど幸せなのに、少し悲しくて、切ない気分になったり」
「……すいません」
「謝ることじゃないよ。きっと、その内分かる日が来るもの」
穏やかに諭す相手に、頷くことは出来なかった。
己の胸中に、ソレが生じることはあり得ないだろうから。
恋をする綾瀬のように。
恋を語る歌音のように。
眩いほど美しく見える彼らと、同じ気持ちを抱くことは、不可能のように思えた。
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