◇
「長谷川くんは?」
「え?」
林を抜け煉瓦道に戻ると、歌音が言った。
意図が分からず問い返すと、相手は切なげな表情の変わりに、優しく包み込むような顔をする。
年下にも見える容姿にはもちろん、彼の年齢にだってその微笑は追いついていないほど大人びていて、不思議な感じだ。
「また、変な顔してるよ?」
光は目を丸くした。
本当にこの人は、何者なんだろう。
こちらの表情の変化か、それとも醸し出す雰囲気なのか。
抱く疑問や不安を言い当てられたのも、二度目である。
馬鹿にするでもなく、面白がるでもなく、歌音は精神的に成熟した者だけが持つ空気で、返答を待っている。
この人には敵わない。
気になることがあるのは真実であったし、光は苦笑を零しながら観念した。
「先輩には、何でも分かっちゃうんですね」
「そんなことないよ。長谷川くんが持つ悩みの内容は、僕だって聞かなきゃ分からないもの」
「そこまで分かったら、超能力ですね。えっと、今回は別に悩みって言うんじゃないんです。ちょっと分からないことがあって……」
「分からないこと?」
午後の日差しを遮る並木道を歩きながら、光は先ほど出会った副会長について話した。
よそよそしい仁志との関係に悩む綾瀬。
それなのに、彼とは友達ではないと言う。
「友達」に入れたくはないと、明言する。
ならばどうして、仁志の為に悩み、仁志を思ってあれほど綺麗に微笑んだのだろう。
分からない。
光に綾瀬の心がまるで見えなかった。
黙したまま耳を傾けていた歌音は、語り終えた光を僅かの間だけ驚いたように見上げていた。
「あの、俺なんか変なこと言いましたか?」
急襲したのは不安。
歌音の目は決して無知を責めるものではなかったが、知らぬことに驚愕していたのは確かだ。
自然と下がった眉尻が、長い前髪で見えたかどうか。
甘く造られた顔が若干慌てて首を振る。
「ううん、そうじゃないよ。本当は、分からない方が自然なんだと思う」
「どういう意味ですか?」
「この学院では当たり前でも、一歩「外」へ出れば異常なこと……かな」
曖昧過ぎて理解に進展はなかった。
怪訝そうに相手を見やれば、彼は柔らかく笑う。
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