「長谷川くんは?」
「え?」

林を抜け煉瓦道に戻ると、歌音が言った。

意図が分からず問い返すと、相手は切なげな表情の変わりに、優しく包み込むような顔をする。

年下にも見える容姿にはもちろん、彼の年齢にだってその微笑は追いついていないほど大人びていて、不思議な感じだ。

「また、変な顔してるよ?」

光は目を丸くした。

本当にこの人は、何者なんだろう。

こちらの表情の変化か、それとも醸し出す雰囲気なのか。

抱く疑問や不安を言い当てられたのも、二度目である。

馬鹿にするでもなく、面白がるでもなく、歌音は精神的に成熟した者だけが持つ空気で、返答を待っている。

この人には敵わない。

気になることがあるのは真実であったし、光は苦笑を零しながら観念した。

「先輩には、何でも分かっちゃうんですね」
「そんなことないよ。長谷川くんが持つ悩みの内容は、僕だって聞かなきゃ分からないもの」
「そこまで分かったら、超能力ですね。えっと、今回は別に悩みって言うんじゃないんです。ちょっと分からないことがあって……」
「分からないこと?」

午後の日差しを遮る並木道を歩きながら、光は先ほど出会った副会長について話した。

よそよそしい仁志との関係に悩む綾瀬。

それなのに、彼とは友達ではないと言う。

「友達」に入れたくはないと、明言する。

ならばどうして、仁志の為に悩み、仁志を思ってあれほど綺麗に微笑んだのだろう。

分からない。

光に綾瀬の心がまるで見えなかった。

黙したまま耳を傾けていた歌音は、語り終えた光を僅かの間だけ驚いたように見上げていた。

「あの、俺なんか変なこと言いましたか?」

急襲したのは不安。

歌音の目は決して無知を責めるものではなかったが、知らぬことに驚愕していたのは確かだ。

自然と下がった眉尻が、長い前髪で見えたかどうか。

甘く造られた顔が若干慌てて首を振る。

「ううん、そうじゃないよ。本当は、分からない方が自然なんだと思う」
「どういう意味ですか?」
「この学院では当たり前でも、一歩「外」へ出れば異常なこと……かな」

曖昧過ぎて理解に進展はなかった。

怪訝そうに相手を見やれば、彼は柔らかく笑う。




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