「そんな顔しないで、怒ってないから」
「あ……」

覗き込むように苦笑され、果たして今自分がどんな表情を浮かべているのか気になる。

急いで無表情を取り繕おうとする光の努力は、いらなかった。

「長谷川くんは、とっても聡いね。それでいて、優しい」

囁きは、ひどく落ち着いていた。

「穂積ほど強引じゃなくて、歌音ちゃんほど成熟してもいない。長谷川くんは、本当に優しい子だね」
「綾瀬先輩……」

ふんわり微笑む口元に反し、虚空に焦点を当てた彼の目は、切なくなるほどの寂寥感を含んでいる。

ただでさえ華奢な綾瀬の姿が、より透明感を持って見えて、光は分けもわからずただ相手を見つめていた。

「……情けない話なんだけど、聞いてくれるかな。僕、優しさに弱くってさ」

きちんと逃げ場を用意したお願いに、思う。

彼の方こそ、優しいのだと。

少年はコクンと頷いた。





「最近ね、仁志くんと話していないんだ」
「え?」
「避けられてるって言うのかな、僕と向き合うことを拒絶されているんだ」

語られる内容に、デジャヴュ。

ブリーチの金髪との関係を思い悩む自分が、綾瀬に被る。

「僕の存在が、彼の苦痛になっているのは分かるんだ。理由もはっきりしているし。それがとても苦しくて、何より悲しい」
「……」
「だから、彼と話したいのに……怖いんだ」
「怖い?」

繰り返せば、首が縦に振られた。

綾瀬の眉がきゅっと寄せられ、シャツの心臓を右手が掴む。

「もし無理やり彼にぶつかって行って、嫌がられたらどうしよう。もし僕の言葉が、彼を余計に傷つけてしまったらどうしよう。もし彼が僕を迷惑に思っていたら……。考えると、止まらなくて。逃げちゃ駄目だって分かってる、僕から逃げたら仁志くんとの溝はずっと埋まらないって、分かっているんだ」

そこで言葉を切ると、彼はぐっと顔を俯かせた。

長い髪に阻まれて、その横顔は光には判然としない。

けれど。

「なのに、怖がっている自分が……堪らなく情けない」

本当に小さく言われた言葉を、光はよく理解することが出来た。

自分も綾瀬と同じだ。

あれほど友情を向けてくれる仁志に、己の正体を告げられないのは、彼が売人候補だからという理由だけではない。




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