重苦しい胸中をどうにか収め、寮へと戻る道すがら、光はふと中庭に足を向けた。

コの字を描く校舎の内側にあるそこは、シンメトリーの植え込みに挟まれ、中央には大きな噴水が水音を奏でている。

夏の日差しを反射して、きらきらと虹の煌きを放つ柔らかな姿を目指して歩く。

煉瓦畳を半ばまで進んだとき、眼鏡越しの視界に今朝見たばかりの人物が映りこんだ。

外見を裏切るハイテンションの持ち主、生徒会副会長。

長い甘栗色の髪を背に流し、噴水の縁に腰掛けた麗人は、細めた眼で光と同じく流水の戯れを眺めているようだった。

先客がいるならば、自分は去った方がいいかもしれない。

何せ相手は綾瀬だ。

いくら生徒たちが帰省の準備に取り掛かっているからといえ、どこで誰が見ているか知れない。

人気組織のナンバー2に近寄るのは、得策とは言えないだろう。

おまけに、しっかりと顔を合わせたのは、たったの一回。

寄って行ったところで、話題を持っていないのだ。

大人しくUターンの選択肢を選ぼうとした光は、けれど動きを止めた。

気重なため息を吐き出した相手を目にするや、彼が終業式で見せた真面目な雰囲気さえ持ち合わせていない事実に、勘付いてしまったのである。

気付けば噴水の前にいて、綾瀬に声をかけていた。

「綾瀬先輩」
「え?あ……長谷川くん。偶然だね、どうしたの?」
「いえ、たまたま通りかかったもので」
「そっか。あっ、ほら座りなよ。日陰じゃないけど、水辺だから案外涼しいかも」
「かも、ですか」
「うん、気休めの可能性高いから」

笑う彼の隣に、光は腰を下ろした。

……。

なるほど、気休めだ。

「気分だけは涼しいです」
「同感。だいたい、気温で水も温いからねー。涼しいわけがないんだよ」

あはは、とアッサリ言ってのける綾瀬に、内心だけで驚く。

鋭い観察力を持つ光には、分かってしまったからだ。

彼が他人に不快感を与えぬよう、己の陰鬱な思いを素早く内側に納めてみせたことを。

「綾瀬先輩は……どうしてここに?」

訊ねた次のとき、綾瀬の眼が鋭く眇められたのを、見逃さなかった。

瞬きの間で消え去ったその視線は、光が「彼の内心を見抜いている」ことを、見抜いていた。

「こんな簡単に、バレちゃうとは思わなかったなぁ……」

自嘲するように呟かれて、しまったと思う。

つい気になって話しかけてしまったが、綾瀬にとっては迷惑以外の何ものでもなかったかもしれないのだ。

噴水の音を背景に落ちた沈黙が、居心地悪い。




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