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肘掛に頬杖を着いて遥か下方の人物を観察し始めてから、幾らもしないうちに、次の言葉が鼓膜を揺らした。
『では、長期夏季休暇を各々有意義に過ごすよう心がけるように。これにて、終業の挨拶とする』
え?
思わず口に出しそうになった一文字を、どうにか腹の底に押し戻すうちに、割れんばかりの拍手と歓声が大講堂を埋め尽くした。
学校と言うものをよく知らぬ光だとて、穂積の挨拶がとても短いと理解出来る。
長々と話されるよりは当然いいが、時計の秒針が回った回数が気になった。
「やっぱり会長の挨拶はいいよね〜」
「学長とか無駄に長ぇんだよな」
そここで交わされる囁きはどれも会長の数分スピーチを支持するものだから、きっと碌鳴はこれでいいのだろう。
次いで壇上に現れた生徒会役員に気が付くと、他の生徒同様、光も前を見た。
『続いて、生徒会より行事に関する告知だ。一度しか言わねぇから、しっかり頭ん中に叩き込めよ』
終業式は先ほどの挨拶で終わったのか、書記の口調は平時となんら変わらぬものだ。
それでもスポットライトの下で見る仁志は、光が知る彼よりもずっと輝いて見える。
彼もまた、将来大勢の人間を従える存在なのだ。
『まずは来月、休暇中に行われるサマーキャンプだ。今日の午後二時が参加申し込みの締め切りになってるから、参加する気があるのに出してねぇ奴は急げ。一秒でも遅れたらアウトだからな』
この物言いにも、オーディエンスは決して反発の気配を見せることなく、しっかりと耳を傾けているのが空気で分かった。
もしこれが光だったとしたら、ブーイングの嵐は当然として、何か飛んで来るかもしれない。
実力行使で引きずり下ろされること間違いなしだろうな、と思う。
決してあり得ぬ現実でよかった。
『次に来学期の話だが、碌鳴祭で飲食店を出店する団体の、審査結果が出た。代表者の担任から通知されるはずだが、審査落ちした団体による抗議はすべて指定の書面で担任を通じ提出しろ。その他、質問も同様だ。俺からは以上―――いい休暇にしろよ』
最後ににやりと口はしを上げた男に、生徒たちの悲鳴が上がる。
全体的に黄色と表現しても構わないものが多いが、時折混じる低音が耳に残った。
仁志、お前は一体どういう目で見られているんだろうな。
ステージからはけて行く人影を見送る己の眼差しが、どこか哀れみを帯びていることに、光は気付いていなかった。
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