開け放たれたままの扉。

カシャンッと高い悲鳴を聞いて、穂積は綾瀬と目を合わせた。

応接用のテーブルにトレイを乱雑に置いた相手が、眉を下げてこちらを見る。

「今の、どうしたの?仁志くんに、何か……」
「綾瀬」

白を通り越した顔が震える唇を最後まで動かす前に、彼の名を呼ぶ。

細い肩がビクリと揺れるのを、視界に映した。

「お前の背中は見られた。隠す意味がない」
「ちょっと待って!だって約束したじゃないかっ、誰にも言わないって!」
「俺は言っていない、尋ねただけだ。そして、アイツは確かにお前の痣を見ている」
「……に、仁志くんは、何て?」

こちらの弁を受け入れようと、息を落ち着ける綾瀬の手が、自身の左手首をぎゅっと握った。

「それはお前が直接聞け、俺は確認をしただけだ」
「仁志くんは、僕を避けてる……」

事実を述べる苦痛に顔を曇らせる相手の心境は、想像に難くない。

想う存在に避けられる事では無く、想う存在を傷付けるしかない自分が堪らなく悔しいのだ。

それでも、穂積には幼馴染の思いを完全に理解してやることは出来ないから。

だから。

「綾瀬、お前が仁志を本気で想うなら……絶対に逃がすな。拒絶されても離したりするな。アイツの本音を、引っ張り出せ」

願うだけ。

二人の苦しみが、一刻も早く消えることを。

臆病な心を、振り切ることを。

「お前から逃げることだけは、するな」

綾瀬が頷くまでの時間は、そう長くはなかった。

一切の躊躇もない相手の様子にホッと緊張を緩める。

「穂積……ありがとう」

本当に小さな声で紡がれた綾瀬の言葉が、鼓膜を揺らしたのを最後に、何事もなかったようにそれぞれソファに座るや、絶妙のタイミングで開いたままの扉が、コンコンと控えめな音を鳴らした。

「あれ、二人とも今からお昼ごはん?タイミング悪かったかな」
「戻ったのか。気にするな、逸見も入れ」

ひょっことりと顔を出したのは、病院に向かわせていた二人組み。

律儀に一礼をしてから入室する逸見を従え、歌音は綾瀬の隣に腰掛けた。

余った逸見はと言えばいつもの如く、傍に用意されている一人掛けのアンティークチェアを引いてそこに着席する。

会長の隣だけが欠けた生徒会メンバーのテーブルの違和感を、誰もが感じ取ってはいたが、わざわざ指摘する者はいなかった。

食事は後回しにして、口火を切る。

「それで、これまでに分かったことを報告しろ」
「うん。被害にあった三人だけど、彼らは強烈な催淫作用をもたらす薬物を服用させられたらしいんだ。五月に退学した生徒が持っていたもの、そしてこの前僕たちが街で見つけた生徒が持っていたものと、たぶん同じものだって」

退学者が所持していた薬物は警察に回っているので手は出せないが、先日のものは今回の事件と併せて碌鳴の病院で分析を進めさせている。

既知の薬物ではなかったことに、自然と顔つきが険しくなった。

語る歌音の表情にもまた、似合わぬ暗雲が漂う。




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