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「チームの方は、明日にでも後藤が捕まって解散だろうな。松山組の方へも、これで本格的にマトリか警察が介入出来る。よくやったな、流石だ千影」
「……武文、何か隠してるだろ?」
「はい?」
閉ざしていた瞳をパチリと開き、疑念に満ち満ちた眼差しに晒され、木崎は思わずギクリ肩を震わせた。
出来れば自然な流れで、サラリと言ってしまいたかったのだが、難しいかもしれない。
何でこうも勘が鋭いのだろうか、と若干悔しい気もするが、自分の教育の賜物だとも思うので、胸中は中々複雑だ。
どうしたものかと考えあぐねている男に、少年は面倒臭そうに顔を顰めた。
「怒らないから、早めに言って。それ聞いたら俺寝るから……向こうじゃ妙にベタベタして来る奴ばっかで、緊張しっぱなしだったから、疲れてるんだよ」
「ちょっと待てっ!今、何て言ったっ!!」
最後はボソボソと独り言のように漏らされた文句の内容に、木崎がガタッと椅子を蹴倒し立ち上がった。
保護者の剣幕は常の飄々とした様子とかけ離れていたが、強烈な眠気に支配されつつある千影はチラリと五月蝿そうに一瞥するだけである。
「おいコラ、千影っ!お前寝るなっ!!どこのどいつだ、そんな舐めた真似しくさったのはっ!!」
「五月蝿いよ……話さないなら、俺ほんとに寝るからね。で、起きたら何言われても怒る」
「おはよう」も「何か食べる?」にも怒る、とのたまわれて、色々問い詰めたいこと満載の木崎もぐっと怯んだ。
お前の方がよっぽど横暴だ、と言う台詞をどうにか飲み込む。
半分以上落ちた意識の中で、薄っすら開いた薄茶の瞳が問いかける。
「言うの?言わないの?」
「……明日、詳しく聞くからな」
渋々と再び腰を下ろした男に、千影は最初からそうしろ、と思わずにはいられなかった。
木崎は新しい煙草を取り出すと、どう切り出そうか頭を抱えていた話題を語り始めた。
「あのな、インサニティって分かるか?最近ガキを中心に出回ってるドラッグだ」
「新しいやつ?」
うつらうつらしながらも応じれば、先ほどまでとは一変した様子で木崎が頷く。
数年前から飛躍的に上昇している、十代のドラッグ中毒者。
遊び感覚で始めることが多く、限度を知らぬ年齢からかジャンキーになりやすい。
千影が調査をする依頼は、ほとんどが自分と同じ年代の青少年相手である。
「数回の使用じゃ問題はないが、何度も使っているうちに突然中毒になる性質の悪い薬でな、ガキの小遣いレベルの値段だから被害が拡大してる」
まるで最初からターゲットを子供にしたような薬の特性。
大したことはないと、油断して使い続ければお仕舞いだ。
「間垣さんから?」
「あぁ。で、その調査に入ってもらいたいんだ。マトリじゃ手が入れにくいんだよ」
「……いつから?」
木崎の元同僚である間垣という男は、毎度毎度この探偵事務所に薬関係の仕事を持ち込む得意客……もとい疫病神だと千影は思っている。
警察との関係や様々な制約のある組織では、上手く調べられないのだろうし、彼からの報酬で生活している身としてはあまり言うわけにはいかないが、何せ依頼内容は面倒なものばかり。
今回の不良グループ問題だって、潜入した側から言わせてもらえば、非常に苦労が多かった。
馬鹿な喧嘩に付き合い、下らない冗談で友好関係を作って、突然現れた『キザキ』を不審に思われないように、後藤のチームには色々と尽力してやった。
後藤のオトリになったのだって、信用を得るためだ。
お陰で薬の出所を調べることに成功したが、あんな危険なことは二度としたくない。
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