◇
「さっきも触れましたが、三日後には夏季休暇です。休暇中の滞在先を申告していない人は、急いで下さい。寮に残る人も、手続きは忘れないように」
再開された話の内容に、はっとする。
もうそんな時期なのだ。
自分が学院に潜入してから、一ヶ月と半月。
当初の予定より大幅に遅れている調査状況を考えると、自分は休暇中どうするべきか悩むところだった。
「……仁志は、その、家帰るの?」
窺う自分が、嫌だ。
仁志を窺う自分が。
それでも光はまだ、仁志を売人候補から外す明確な理由を、持っていなかった。
「いや……帰んねぇな」
「仁志?」
返された声が、思いの外低かったことに、光は少し驚いた。
机に伏せたまま、顔だけをこちらに向けている男を、困惑したように注視する。
「どうかし……」
「生徒会の仕事が残ってんだよ。来学期の行事は、一学期よりも面倒だからな」
「そうなのか?一学期もかなりすごかった気ぃするんですけど」
二学期と言えば、一般に考えるところの文化祭などだろうか。
あぁ、そう言えば以前、体育祭もあると彼は言っていたような。
仁志のテンションの低さは、どうやら仕事量を思ってのことらしいと解釈した。
「けど、まずは来月の頭だな」
「え?だって夏休みじゃん、なんか行事あるのか?」
「サマーキャンプ」
サマーキャンプ?
目で示され黒板に視線を移せば、ちょうど説明が始まるところだったらしい。
チョークの文字でそれは書かれていた。
「で、毎年恒例のサマーキャンプですね。八月一日から二日の一泊二日で碌鳴所有のキャンプ場に宿泊します。誤解がないように言っておきますが、停まるのはコテージです。初めての人もいるので説明しますが、自由参加なので希望者だけ終業式までに、参加届けを私か補佐委員の人に提出して下さいね」
「うわっ、休み中にまで行事あるわけ?」
須藤の言葉を聞きつつ隣を見れば、身を起こした男は心底面倒そうだ。
「献身的だろ?生徒会なんて、よっぽど人間出来た奴か馬鹿じゃなきゃ、耐えらんねぇ役職だな」
「で、仁志はどっちなわけ?」
「前者に決まってんだろっ!」
「……自分で言える仁志が、俺は好きだよ」
今ひとつ説得力に欠けるのはなぜだろう。
きっぱりと「出来た人間」であると主張する仁志は、やはり大物だ。
「生徒会役員は基本的に全員参加だからな。まぁ、休暇中のイベントだし、参加すんのは補佐委員会とか生徒会の信者がメインか。毎年、そんな参加人数も多くねぇから、好きにすればいいんじゃね?」
「あんま人いないんなら、俺も参加しようかな」
「そうか?なら、お前は俺とコテージ一緒な」
「え。助かるけど、何でいきなり」
「いや……前回お前とペア組まなかっただろ、だからだ」
気まずそうに逸らされた顔に、はっとした。
唐突に理解した途端、鈍い自分に舌打ちをしたくなる。
後悔。
七夕祭りで、仁志がペアを組んだのは綾瀬だった。
学院で孤立している光が、彼以外の人間とペアを組めるわけがないと知っていながら、仁志は自分を避けたに違いない。
実際には、穂積に拾われたお陰で、組みはぐれることはなかったのだが、それでも仁志は自分の行動を後悔していたのだ。
なぜ仁志が、自分を避けていたのか。
光の正体に気付き、警戒していたからのか、それとも別の理由があるのか。
未だに答えは出ていない。
考えれば考えるほど、予想は自分の望まぬ方向へと進みそうで。
光は慌てて思考を中断すると、仁志の金髪頭をわしゃわしゃと両手で掻き混ぜた。
「ぬぉっ!?てめぇ何すんだっ!」
「似合わない顔すんなって言っただろ!俺は気にしてないんだから、仁志も気にすんなー」
「やめろっつーの!コラっ、てめぇっ!俺がどんだけ時間かけてセットしてっか……」
「あ、白髪発見」
「一度殴らせろマジっっっ!!!」
仁志の怒声に、扉を開けた一時間目の教師がビクついた。
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