苦労は買ってでも。




「松山組の下っ端が、後藤のとこに薬を流してたってわけか」
「そういうこと。これ、証拠写真ね」

デスクにうず高く積まれた書類の上から、男にA4の茶封筒を渡したのは、真っ赤な長髪と泣きボクロが特徴的な少年だった。

逆を返せば、その特徴を持った少年である。

男が中身を確認するのを横目に捉えつつ、彼は応接用のソファにドサリと座ると、ぐっと伸びをしてから、背までかかる赤に指を入れ。

「カツラ生活とも、ようやくお別れでよかったな、千影」
「暴れるから蒸れるんだよ……ほんと最悪でした」

革張りのシートに放り投げられた長髪のカツラを嫌そうに見やった少年は、項を隠す程度に伸ばした、色素の薄い優しいブラウンの髪をしていた。

テーブルの上に用意したシートタイプのメイク落としで右目の下を拭えば、妖艶な泣きボクロは魔法のように姿を消し、最後に黒のカラーコンタクトを外すと、そこには『キザキ』と言う名で潜入捜査に入る前の、彼―――千影がいた。

「武文も被ってみろよ、本当に最悪だぞ」

煙草を銜えて嫌な笑い方をする男を睨み付けた瞳もまた、髪同様に穏やかな茶色。

端整な面立ちはそのままだが、明らかな色気は存在せず、実に端麗で清潔感がある。

キザキであった頃の名残は、どこにも見当たらない。

「嫌だね。俺だって昔はそれくらい我慢してたんだ、夏に着用するカツラの悲惨さを知らないお前の不満が聞き入れられると思うなよ」
「横暴って言葉知ってる?」
「なら『苦労は買ってでもしろ』ってコトワザを覚えとけ」

伊達男と言った形容詞が似合う男の名は、木崎 武文。

調査のときに使用したキザキは、彼から借りた。

からかうように笑う木崎には、どうも勝てる気がしない。

千影は疲れたように嘆息すると、久方ぶりの我が家の空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。

もうもうと室内に充満している煙草の煙は、生まれてからの17年間、常に晒されてきたので気にならない。

きっと副流煙で死ぬな、とブラックジョークも飛ばせるほどだ。

一体なんの書類だか、至るところに散乱している紙束も、三ヶ月ぶりとなると懐かしくて仕方ない。

ふと壁にかかった麻薬取り締まり局のカレンダーに目をやれば、5月ももう終盤で、隣県の不良グループに潜入を開始した頃から、随分と時間が経っていた。

「俺がいなくて寂しかっただろ?」
「アホ。こっちは組の方から情報洗うのに必死だったんだ」
「家族がいのない返答をドウモ」
「なんだそれ」

苦笑交じりの言葉を耳にしながら、目を閉じればすぐに睡魔がやって来る。

初めての長期任務だったせいで、意識しないところでストレスを感じていたのだろう。

全身の筋肉が解れて行く感覚が心地いい。

そんな千影の様子に、チェックしていた写真から目を離した木崎は、視線を泳がせつつ口を開いた。




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