◆
SIDE:穂積
「……っ」
「……思った通りか。手当てくらいしたらどうだ」
眼前に提示された光景に、瞬間的に眉を顰めた穂積は、すぐに苦い表情を消し去ると、心底呆れたように呟いた。
そうして、覆いかぶさっていた綾瀬から、すっと体を離す。
あまりに強情な綾瀬の心情に、気付いていたが仕方ない。
どうせこんなことかとは予想していたのだから、今更だ。
「手荒な真似をして悪かったな」
「……ううん、いい。穂積が何を言いたいか……分かってるから」
腕のネクタイを解いてやりながら謝罪を告げれば、どこか気が抜けたような声が、優しく応えた。
無体を働いていたときは、あれほど絶叫していたと言うに、隠すものが暴かれてしまえば意味もない。
予想以上に硬く結んでしまった拘束を解しながら、穂積は救急箱をどこにしまったかと考える。
嫌がる相手を無理やりに屈させた罪悪感は、当然ない。
隠す綾瀬に抱いた小さな怒りも、痛々しい背中を見れば収束された。
「穂積、このこと……」
「誰にも言わない。仁志にも」
「ありがとう……ごめんね」
ポツリと落とされた言葉に、穂積は綾瀬の背後でひっそりと真剣な表情でいた。
「綾瀬、お前……仁志のこと、本気で……」
続く先は何であったのだろう。
それはもう、穂積だけしか分からない。
何故なら、彼の口からその先が発せられることはなかったのである。
ガチャリと開いた、生徒会室の扉。
弾かれたように、二人揃って振り返ったそこに立っていたのは。
鋭い双眸を限界まで見開いて、青褪めた顔で綾瀬の背中を凝視する。
仁志であった。
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