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理性を飛ばした事実を、「光のためだ」と押し付けない。
嬉しくて、眩しくて。
浮かび上がる己の歪に、生じた胸の小さな痛みを振り払うように、光もまた勢いよく頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとうございました」
お礼。
助けてくれて、ありがとう。
対面の男が目を見開いて顔を上げたのは、すぐだった。
「はっ!?いや、おい、お前俺が何したか分かって言ってんのかよっ」
「分かってるよ。俺、しっかり現場にいたし」
「そうじゃねぇよアホ!俺は別にお前を助けたわけじゃねぇ。お前を助けたのは、会長だ。俺はただキレて迷惑かけただけで……」
「けど俺は、仁志が来てくれてホッとした」
誰彼構わず、その拳を振るった仁志は、確かに怖かった。
一欠けらの慈悲だって見えなくて、上がった悲鳴をどこか満足そうに聞いていた表情は、背筋が凍るほどで。
でも、怖かった理由はそんな単純な恐怖ではない。
だって仁志は、後悔をするだろうから。
逸見を蹴り飛ばし、綾瀬さえも吹き飛ばした男が、正気に返ったときにひたすら後悔することなど、簡単に分かった。
あの場にいた生徒会メンバーだって、みんな気付いていたはずだ。
今のように、こうして思いつめた表情で頭を下げるその光景を、誰もが分かっていたから。
他人を傷つけながら、自分自身が一番傷ついてしまうことが、とても怖かった。
綾瀬たちが危険を顧みずに、仁志を止めようとしたのは、そのため。
「キレたとかキレなかったとか、そんなん関係なしに。俺は、仁志が来てくれたことが、嬉しかったんだよ」
「光……」
「あー、なにシリアスな顔してんだよ。似合わない」
何かを言いたいようにも見えて、言うべきことが見つからないようにも見える、複雑な感情を前面に押し出した仁志に、長い前髪の下でニカリと笑う。
何も悩むことなんてない。
だって仁志は、こうして謝ることが出来るから。
こうして傷ついて、反省することが出来るから。
仁志は小さく苦笑を零したあと。
「さんきゅな、で、悪かった」
その長身を屈めて、コツン、光の肩に額を置いた。
「ん。俺も、油断しててごめん。助けてくれて、ありがと」
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