真っ直ぐな人。




「つ、疲れた……」

果たしてここまで全力疾走する意味があったのか疑問だが、光は荒い呼吸と共に吐き出した。

触らぬ神に祟りなしとは、昔の人は上手いことを言ったものだ。

地を這うような凄みのある低音と眼光は、本当に魔王ではないのかと思わせられるほどの迫力だった。

軽率に穂積をからかうものではないと、深く胸に刻む。

二度も窮地を救ってくれた恩人で、遊ぼうなどという考え事態が間違っている――なんて考えは敢えて無視した。

上下する肩が収まった頃、少年は今しがた飛び出して来た建物を振り返った。

二階建ての洋館は、優美な本校舎とは異なり瀟洒なもの。

しかしながら、緻密に計算された建造美が素人目にでも受け取れるほどで、ともすればバロック建築のあちらよりも華やかに見える。

―――碌鳴館。

特別な理由がない限り、教員さえも立ち入ることの出来ないこの洋館は、たった一つの組織のためだけに存在する。

学院を支配する自治組織、生徒会の執務施設。

当然、一般生徒が足を踏み入れられる場所でもなく、近寄ることも憚られるのか、周囲には光以外の姿は見当たらなかった。

「……何も聞けなかったな」

ポツリと零した言葉には、やってしまったと後悔の色。

彼がここまでやって来たのは、何も昨日の一件に対する挨拶のためだけではない。

自分を襲った三人の生徒は、生徒会によって身柄を押さえられ、病院に搬送されたのは想像出来るものの、それだけだ。

被害者とは言え、ただの生徒に過ぎない光に、インサニティに関する詳しい情報が与えられるはずもなく、どうにかして役に立ちそうな情報を集めようと思ったのに。

防衛本能を刺激されたせいで、うっかり何もネタを仕入れられぬまま出てきてしまった。

恐らく、もう少し事態が落ち着けば事件時の様子を聞かれるだろうから、そのときに再チャレンジするしかあるまい。

ようやく訪れた売人発見への有力情報を入手の機会。

未だに木崎に特別な報告が出来ない現状としては、自分の失態に嘆息ばかりだ。

憂鬱そうに呼気を出し、ここに留まっても仕方ないと踵を返す。

木々を縫ってジリジリと照りつける太陽光が、さっきから鬘の中に熱気を溜めているので、早々に冷房の空間に戻るのが得策だなと思いつつ、煉瓦畳を歩く。

コツ、コツ、コツ。

響く足音だけは、涼やかだ。

コツ、コツ、コ―――

「あ……」

不意に立ち止まる少年の足。

並木道の脇に誂えたベンチに、眼鏡に隠された瞳が向いていた。

長い足を持て余すように、投げ出された二本を包むのは、制服ではなくクラッシュデニム。




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