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いつ頃から生まれたか知れない思いを、喉元に留める作業は、回数をこなしたからといって一向に心臓を刺す錯覚は消えない。
絶対の忠誠を誓った騎士のように、切れ長の瞳に宿る敬虔な輝きから目を逸らし、机上に散乱した紙面に顔を向けた。
「ドラッグの手がかりが、出てきたんだもの。アッキーたちに負担をかけないように、僕たちが頑張らなくっちゃね」
「……あぁ。体育倉庫にいた三人は、長谷川の言った通り、第三者に薬を飲むよう強要されたらしい」
注がれる視線に気付かないふりを貫き通せば、ようやく追い縋る二つの眼から滲む感情が消えてくれた。
歌音は気取られぬよう安堵すると、逸見に続き頭を仕事へと切り替えた。
気付いたばかりの「あること」も手伝って、数秒前とは種類の異なる険しさが、可愛らしい面に乗せられる。
「病院は碌鳴に?」
「面会時間が融通しやすいからな。奴らの話では、イベント中に呼び出されて、服用を拒んだところ攻撃されたそうだ。その後、無理やり飲まされて倉庫に閉じ込められた」
「そこに来たのが、長谷川くん。……補佐委員会の子が?」
「間違いない」
やけにはっきりと言い切られて、歌音は首を傾げた。
「犯人が分かっているの?」
「奴らの一人が、強要して来た生徒に見覚えがあったんだ。末端ではあるが、補佐委員会の人間だ」
「アッキーの……書記方なの?」
浮かんだ候補は二つ。
もしそうだとすれば、この事実は自身の暴走で自己嫌悪に陥った後輩を、更に打ちのめしてしまう。
仁志が本気で激怒するまでに厚意を持つ少年の危機を、自分が引き起こしていたら。
今の彼に堪えられるだろうか。
ぎこちなさを無視して訊ねれば、予想に反して相手は首を横に振った。
となると。
立てられる予想は、一つだけになる。
「会長方、なんだね」
「あぁ」
胸を撫で下ろすと同時に「やはり」といったところ。
直情型の多い書記方は、良くも悪くも嫌がらせに小細工はしない。
基本的には面と向かって、力技で潰しにかかるのだ。
今回の一件は、あまりに手が込み過ぎている。
逸見の返答はとても納得出来た。
「会長方となると、穂積くんに勧告を出してもらうだけ逆効果だね。そのドラッグを飲ませた子を呼び出したところで、きっと捨て駒だろうし」
補佐委員会の面々は、基本的に自分が属する役員の命を遵守する。
しかし、あまりに高いフラストレーションを規制しきることは出来ず、彼らが生徒会に確たる証拠を握られないよう、策を講じて目障りな人間を排除しているのは周知の事実だ。
中でも厄介なのが、この会長方。
他三方の中で最も人数が多く、会長方筆頭の生徒は補佐委員会の副委員長を兼任しているために学院内での力も強い。
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