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ことの全貌はこうである。
猿渡のチームと後藤のチームは以前より敵対する同規模勢力として、睨み合いを続けていた。
しかしながら、ここのところどうも後藤のチームは羽振りもよく力が伸びてきている。
後手に回ればさらにその気運は高まると踏んだ猿渡たちは、策を講じて後藤を潰そうと目論んだ。
自チームを二つに分け、後藤のチームを引き付ける陽動組みと、後藤一人を集中的に狙う本命組みに割り振った。
まんまとハマった後藤に内心ガッツポーズの猿渡だったが、ここで誤算があった。
後藤と共に逃げていたキザキが、彼がいつも被っているキャップを受け取り、自ら身代わりに志願したのである。
すっかり騙されたのは猿渡たちの方で、結局逃走の合間に後藤を逃がしたキザキの掌で、いいように踊らされてしまった。
特に何をしたでもないヘッドが得意げに語る内容に、少年たちは一様に後藤にツッコミたかったが、賢明にも口を噤んでおいた。
「キザキ、お前のおかげで助かった。一人で行かせたときは、マジで心配してたんだ」
「気にすんなよ。頭がヤラれたら意味ないだろ?」
溜まり場と化しているクラブのボックス席で、後藤は笑いながらキザキの肩をバシバシ叩く。
実は結構な威力があったりするのだが、少年は端整な面ににっこりと笑顔を乗せた。
それに気を良くしたのか、後藤は片手でメンバーを散らせると、赤い髪から覗くキザキの耳にひっそりと口を近づけた。
僅かに引きつったキザキの頬は、目に入っていないらしい。
「お前が来たおかげで、すげぇ助かってる。このまま行けば、猿渡んとこを潰すのも時間の問題だな」
「俺は特別、何もしてないよ」
「んなわけねぇだろ。……なぁ、まだ言うのは早いかと思ったんだけどよ」
殊更顔を近づけ声を潜める相手に、キザキは瞬間的に眼光を鋭くさせた。
瞬きの間に消えた少年の変化に後藤が気付くはずもなく、重大な秘密を打ち明けるように、言を紡いだ。
「金、稼ぎたくないか?」
「え?まぁ……そりゃあ」
来る。
反応しそうになった指先を、寸前で堪えた。
キザキの鼓動が、少しづつスピードを上げる。
「松山組って……お前分かるか?」
来い。
乾いた喉を潤すのは、まだ先だ。
急いては怪しまれる。
せっかくここまで話を進めたのだから、失敗が出来るはずもない。
何気ない顔でコクンと頷く。
後藤がそれを、音にした。
「薬、さばいてみないか?」
来た。
胸中で浮かべた会心の笑みを、キザキは驚きの表情で覆い隠した。
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