予想外の展開も、過ぎれば混乱が沈静化される。

光は小さな期待を込めて、相手をその茶色の瞳で窺った。

「会長、ねむい?」
「ん……」

こくん。

意識的に優しい口調で訊ねるや、首が縦に振られて。

そのあまりに『らしく』ない仕草に、硬く強張っていた頬が破顔した。

四肢に巡らされた緊張の針が、すぅっと消えて行く。

直前までの恐怖も手伝って、口元が果てしない安堵感で柔らかく緩んだ。

「俺って、実はマジで運がいいかも」

脱力の苦笑混じりに零せば、平時の不遜な態度はどこに行ったのか。

ぼんやりと焦点の合わぬ瞳で、穂積が首を傾げた。

安心している場合ではなかった。

穂積の様子を見る限り、彼が覚醒する心配は杞憂かもしれないが、何が起こるか分からないと、たった今の出来事で痛感したばかり。

慌てて彼の脇から浴室を出ると、光は手早く身支度を整えた。

水分を含んだままの髪で、鬘を被るわけにはいかず、頭からタオルを被ることで間に合わせた。

その間、生徒会長は時折首をカクン、カクンと揺らしながら立ち尽くしていて、貼り付けた笑顔で嫌味を紡ぐ男に慣れた光に、優しい笑みを提供してくれた。
「お待たせ。会長?俺は本当に大丈夫だから……部屋、戻れる?」
「……」
「……っうん、泊まっていこうな」

どうやら完全に睡魔に捕らわれたらしい。

返事をする気力もない男を、廊下に出すのは危険過ぎると判断し、少年はそっと相手の広い背中を押して自分の寝室まで誘導した。

下手に電気を点けて意識を取り戻されても困るから、リビングの群青の中を、寝ぼけ眼がぶつからないよう気にしながら進む。

ゆっくりとした足取りなのに、何せ足が長いのでそう時間もかからず広いベッドの待つ部屋に到達。

まるで子供相手にするように、新しいシーツを引きなおした自分のベッドに、そっと穂積を促した。

寝心地のいいマットレスに、なけなしの意識が攫われて行く。

ふっと黒い眼が閉ざされた次の時に、光は彼が眠りに落ちたことを確信した。

「会長のボケっぷりに感謝だな」

今までにないピンチではあったものの、穂積の意外な一面を垣間見れたのは悪くない。

知らず浮かぶ笑いの種類は判然としなかったけれど、言いようのない恐怖に苛まれていた先刻までとは大きく異なって、胸の内側はほんのりとした思いで満たされている。

その心地よさに呼び起こされたのか、今や夢の住人と化した男の言う通り、熱のせいなのか。

少年もまた、睡魔の招待を受けてしまった。

ベッドは貸してしまったから、今夜はリビングだ。




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