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たった一撃で、荒れ狂っていた男の意識を奪ったのである。
何の感情もない能面で。
いや、怖いくらいの真剣で。
穂積は仁志の暴走を、強制的に収束させた。
倒れ込む相手の身体を受け止めながら、小さく息を吐き出すのがここからでも分かった。
その僅かに気重げな嘆息に、ふと理解する。
あぁ、そうか。
嫌だったのか。
と。
自分ならば出来る力ずくの方法を。
出し渋っていたのは、きっと。
どんな理由でも、仲間を傷つけたくはなかったのか。
自然と湧いた推察は、間違いではないだろう。
「これでいいんだな?」
こちらを見やった男に言われて、光は力の抜けた笑顔で頷いた。
羽織った彼のシャツを握る手に、きゅっと力がこもる。
「……ありがとう」
音にするや、一挙に押し寄せたのは言葉にならぬほどの疲労。
――終わった。
言いたいのに、言えない。
生徒たちはすぐさま病院に連れて行かなければならないし、生徒会メンバーも酷い有様だから、手当てが必要なはず。
半ば忘れかけていたが、今は行事の真っ最中。
学院を仕切る面々がこんなことになってしまって、イベントはどうなるのか知れない。
出来る限り早く、インサニティの話を生徒たちから聞く必要もあった。
気分はすっかり一段落でも、目の前のリアルはちっとも『終って』などいないのだ。
やるべき事項の多さに眩暈がした。
あれ?
眩暈じゃ……ない?
「おい、長谷川っ、長谷―――」
体から、すぅっと力が抜けて行くのと同時に、光の体は限界を訴えるように、意識を手放したのであった。
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