「やめっ、やめろっ!おい、正気に戻れっ!!」
「はっ……あ……」

ぺたり、と。

湿った生温いものが、臍の辺りから喉元までを辿った。

「ぃあっ……っヤダ、ヤダやめろっ!離れろっ、頼むからっ!」

込み上げてきたのは激しい悪寒と恐怖。

自分の体を舐められたのだと、認めたくない。

静止の声も虚しく、男の舌は僅かな喉仏を通りほっそりとした顎のライン、耳の中へと到達する。

「ひっ……!」

かつてない感覚に、思わず悲鳴が上がった。

鼓膜に直接叩き込まれる、ぴちゃりと湿った音色。

全身を這う複数の手。

カチャリと、ベルトを外す金属の音が、死刑宣告に聞こえた。

「嫌だ、やめろっっっ!!!」

叫んだのと。

暗がりの倉庫内が、カッと強い夏の日差しに照らし出されたのは、ほぼ同時だった。


「長谷川っ!」


凛と真っ直ぐな声が、少年を呼んだ。

切り込むほどに鋭く、透き通ったそれは前にもこうして自分の名前を紡いでいた。

「かい……ちょ…う?」

突然の明るさと、いつの間にか滲んでいた涙のせいで、声の主がよく見えない。

ただ。

たった一人、両開きの扉から現れた相手が誰なのか、光には分かった。

呆然としている間に、ふっと体を押さえていた重みが消え失せて、長い腕に背を支えられ抱き起こされる。

「大丈夫か?悪い、遅くなった」

顔を覗き込むように言われ、頭が混乱した。

どうして、穂積が謝るのだろう。

どうして、穂積が来たのだろう。

彼が自分を助けに来なければならない理由はないし、まして義務もない。

だから。

だから、謝るだなんて。

それなのに。

穂積の黒曜石の瞳は、確かな怒りと安堵を共存させていた。

「光っ!」
「長谷川くん、だいじょう……っ!?」

パニックに陥りかけた思考にストップをかけたのは、遅れて現れた仁志たちの声だった。

穂積の腕に抱えられた光と、最近ろくに会話もしていなかった生徒会書記の視線が、ぶつかり。

あ、まずい。

思ったのは、こちらを視界に入れた男の双眸が、暫時見開かれたあと、壮絶な怒りに彩られたと、気付いたからで。

止めようと開きかけた口は、僅かに遅く役目を果たさなかった。




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