絶対支配者の鎖を無理やりにでも引き千切って、暴挙に走らないなどとは誰も確約出来ないと言うのに。

「僕たちみんな、少し変だ。こんな簡単なことに誰も気付かないなんて。会計方を動かすから、手分けして探そうっ。逸見、連絡を」
「分かった」

幼い外見を裏切る真剣な音色で、少年は指示を出す。

逸見が携帯電話を取り出すのを待たずに、駆け出そうとした仁志と綾瀬を、しかし止めたのは穂積だった。

「待て、闇雲に探したところで意味はない。綾瀬、お前は本部にいる副会長方に連絡して、監視カメラを見張らせろ。それに、まだ本当に呼び出しを受けたかどうかも怪しい。仁志、あいつが行きそうな場所に心当たりは?」
「心当たりって言われても……」

眉根を寄せて悔しそうに口籠る男に、穂積は内心で舌を打った。

仁志の面にありありと浮かんでいるのは後悔で、彼がここ最近、友人の傍を離れていたことを悔やんでいるのは明白だ。

自分の不用意な発言を失敗したと思うと同時に、自身の焦りを認識させられた。

「ならいい。お前は綾瀬と一緒に……」
「あー最っ悪!」

緊迫した声を遮ったのは、聞き慣れぬ声だった。

余裕はないはずなのに、全員の視線は校舎の角を曲がって来た一行に集まった。

「あの転校生どこに行ったわけっ!?せっかく待ち伏せしようと思ったのにぃ」
「体育館のところまではいたよね?アイツ、どっかでサボってんじゃないの?」
「ブサイクのくせに調子乗り過ぎなんだよっ。体育倉庫とかにいるかもしんないし、行ってみる?」

えー、でも僕たちまだ自分のペア見つけてないじゃん。と続く少年たちの会話に、一同はぎょっと目を剥いた。

真っ先に仁志が動き、集団の一人を捕まえる。

「おいっ!それいつの情報だっ!」
「きゃっ!に、仁志さまっ!?」
「やだ、皆様が揃っていらっしゃるなんてっ!」

学院の絶対組織がいるとは思ってもいなかったのだろう。

肩を掴まれて問い正された生徒を始め、皆驚愕と緊張を凌駕する歓喜に頬を染め、こちらの質問など耳に入っていないかのように、好き勝手な歓声を上げている。

「僕たちずっと仁志様のファンで……」
「お声をかけて頂けるなんて、感激ですぅ」
「あ、あの、握手して下さい」

求める解とは似ても似つかぬ言葉の羅列に、普段は温和な歌音でさえ頬を強張らせた。

平時から沸点の低い仁志など、殴るのを必死に堪えているのがよく分かる。

手を上げて意識を失われでもしたら困るから、どうにか衝動をやり過ごしているのだ。

無意味な騒ぎを遮ったのは、低い恫喝。

「黙れ」

ただ一言だった。

あれほど五月蝿かった甲高い叫びが、冗談のように止み、夏の茹だる様な空気が急激に温度を下げた。

他を圧する黒曜石に、明確な怒りを込めた双眸に。

生徒会長から発せられた恐怖を呼び起こす気迫を浴びて、息を呑む気配。

一瞬前の騒々しさなど遥か彼方に吹き飛んだ世界で、男は類まれなる美貌の面で言った。

「長谷川を、どこで見た?」




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