論旨がずれ始めたことを敏感に察知して、歌音は会話の進路を完全に変える。

あまり追求されれば、言わざるを得ない状況に追い込まれるに決まっているのだ。

逸見がまだ、自分の心配に主眼を置いている段階で対処をしなければ、たちまち優秀な頭脳が稼動しだすだろう。

逃げ道がなくなる前に、逃走するのが上策。

「いつも僕の都合で振り回してごめん。もう、こんなこと二度としないから」
「俺は……振り回されているつもりもなければ、迷惑にも感じていない。お前が無事ならそれでいいんだ」
「でも……」

心外そうな表情で言った男に、歌音は眉尻を下げて俯いた。

意図的に話の方向を操作してはいても、告げる想いは本音である。

口にすればするほど、心には重苦しい暗雲が垂れ込めた。

ふと、肩にかけられた大きな手。

はっと顔を上げれば、屈んだ逸見がこちらを覗き込むように見つめていた。

間近で見ても変わらず端整な面に、心臓が先ほどとは別の理由でドキリと飛び跳ねた。

「歌音、お前は周囲に気を配り過ぎる。少しは我侭になっていいんだ、だから頼れ。俺は……お前のために在る」

真摯な言葉。

彼が根底から言ってくれたのだと、よく分かる。

よく理解している。

そのまま受け取ることが出来たら、どれだけ幸せか。

響きに甘さはなくとも、平時の策略など欠片も見当たらぬフレーズだ。

なのに。

歌音には出来なかった。

言葉通り受け取るには、歌音はあまりに周囲を知っていて。

自分の立場を忘れていなかった。

逸見が自分に傾けるものは、恋慕の情ではなく。

ごちゃごちゃと五月蝿い胸中を無理やり押し殺して、歌音は健気に笑顔を作った。

「ありがとう、逸見がいてくれて……よかった」




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