防衛本能。
「先輩ともあろう人が、どうしてこんなことに……。本気出せば、あんなクズ簡単だったでしょう?」
木々の合間を歩きながら仁志に問われ、綾瀬は小さく微笑んだ。
「自分よりも弱い子に、手は上げない主義なんだ」
歌音にも言った自分の中のルール。
習っているのは護身術なのだから、攻撃をされた場合はしっかりと実力を発揮しても構わないのだろう。
それでも、綾瀬は己よりも弱い相手に力を振るいたくはなかったのだ。
何のための修練なのか、自分でも笑いたくなるが、仕方ない。
返答を与えると、先を歩いていた男がピタリと停止した。
「仁志くん?」
何かあったのか、それともおかしなことでも言ってしまったのか。
小首を傾げて訊ねれば、思いの外真剣な相手と対面した。
細い手首が捕まえられて、優しいながらも強い力で引き寄せられる。
「わっ」
ポスンッと納まった先は仁志の胸で、長い腕がぎゅっと背に回された。
相手の方が随分身長が高いので、綾瀬の顔は彼の鎖骨にぶつかる位置だ。
「先輩に手ぇ出した時点で、アイツらは弱者じゃねぇよ」
「仁志……くん」
「先輩が動けないなら、それでいい。俺が、俺が護るから」
耳元で囁かれた言葉に、心臓がドクンっ。
一つ飛び跳ねた。
頬が見る間に熱を持ち、己の居る場所が恥ずかしくなる。
同時に、与えられた台詞は綾瀬に堪らない幸福を呼び寄せるから。
勘違いしてしまいそう。
自分も彼も、碌鳴の人間。
ここでの恋愛の恐ろしさをよく知っている。
だから、これは言葉の通り。
他意はないのだと。
ぐっと唇を噛み締めると、綾瀬は一つ大きな息を吐き出して、対面の胸をやんわり押し返した。
「ありがとう、これからは気をつけるね」
平然とした顔を装って、言ったのである。
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