いいや、違う。

今にも殴ろうやと言う生徒に、更に何処からか飛ばされて来た生徒が激突して。

けれどまだ威力は殺しきれず、二人の少年はまとめて地面に吹き飛ばされたのだ。

「なに……どう言う……」
「綾瀬先輩っ!」

予想外の展開に困惑する綾瀬の耳に、聞きなれた声が飛び込んだ。

ばっと背後を振り向けば、駆け寄って来る後輩の金髪が視界に映った。

「大丈夫ですかっ?怪我は?」
「仁志くんっ、僕は平気。歌音ちゃんはっ!?」
「問題ないです。逸見先輩が合流しました」

応じながらも、仁志はこちらの全身に目を配り、傷一つ見落とさない勢いだ。

そのあまりの行動に、綾瀬は苦笑いを零した。

「大丈夫だよ、全部よけられたから」
「そうみたいですね。でも……」

一度言葉を区切ると、彼は背後で硬直している生徒に殺気さえ窺える視線を投げつけた。

心配そうに潜められていた顔は、今や堪えがたい怒りで無表情だ。

「てめぇら、誰に手ぇ出したか分かってんだろうな。全員、学生証とカード出せ」
「あ、仁志、さま……」
「口動かす暇あんならとっとと出せカスっ!」
「ひっ……」

溢れかえる怒りに、少年たちは一様に身を竦ませ、それからぎこちない動きでスラックスのポケットから言われたものを取り出す。

カタカタと小刻みに震える指で差し出された計十枚のそれを、仁志は乱暴に取り上げた。

「あの、僕たち一体……」

手の中で弄ばれる自分たちのカードに、不安を煽られたのだろう。

意識のある少年の一人が、怯えながらも訊ねた。

「どうなるかって?簡単だな」

言うや、仁志はカードをバキッと二つに折った。

破片が宙に弾ける。

「え……っうそっ!?」
「そんなっ!!」

目を見開き顔を真っ青にさせた少年たちの反応は、あまりに正しかった。

学院生活の必需品であるカードをなくせば、敷地内での行動は一切自由が効かなくなる。

部屋に戻ることも食事を取ることも、外出さえ不可能。

加えて、再発行の際に必要となる学生証まで破壊されてしまえば、手の打ちようがないどころか、この学院の生徒である証がなくなってしまった。

それはつまり。

「嘘だ?何寝ぼけたこと抜かしてんだ、クズが。てめぇらが何しでかしたか分かってねぇだろ、なぁ。追って通知は出してやる、退学だ」

きっぱりと、そしてあっさりと言い放たれた死刑宣告に、少年たちは絶句する。

じわじわと自分たちが行った暴挙があまりに無策であったと実感。

もし万が一、綾瀬を叩きのめすことに成功したとしても、家柄の格差は明らかだ。

結局のところ、自分たちの首を絞めていたはず。

何より、学院の絶対的組織である生徒会に逆らった段階で、彼らが生き残れる道は存在しなかった。

気付いたとして、もう遅い。

死神の鎌は下ろされた。

どれだけ後悔しようとも、取り返しはつかない。

「あ……あぁ……」

学院での死は、社会での死だ。

「いや……どうしよ……お父様……」

口々に悲鳴を漏らしながら、崩れ落ちる生徒たちの未来は、今この瞬間に潰えた。

それらを無感動に一瞥した仁志は、薄汚れた綾瀬の背を支えるようにして、林を後にした。




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