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優美な面を重苦しい予感で翳らせながら、綾瀬はぐんぐんと足を進め。
「っ歌音ちゃん!?」
杞憂には終わらなかった。
「綾瀬く……」
「あっ、綾瀬様……」
「違うんですっ、誤解ですっ!」
一本の幹に背中を押し付けた生徒会会計を、ぐるりと取り囲む面々は、こちらに気付いた歌音の声を遮るように、戸惑った調子ですぐさま弁解しようとする。
皆大きな瞳や小柄な身体で、学院で言えば可愛らしいタイプの少年たちだ。
平時にない冷ややかな視線で彼らを一瞥した綾瀬に、彼らは歌音から慌てて飛び退いた。
「これは、どういうこと?君たち、歌音ちゃんに何をしたの?」
「違います違いますっ、ただ僕らのペアを知らないか伺っていたところで……」
「こんな人気のない場所で?もう少しマシな言い訳を考えなきゃ駄目だよ」
鋭い音色で返せば、初めて目にした綾瀬の冷酷な表情に、少年たちの肩がビクリっと慄いた。
感情のない貌で相手を牽制していたが、男の腹の底はカァッと怒りで熱かった。
信じられない事件だ。
生徒会役員が、複数の生徒に絡まれているだなんて、過去に前例がない。
五人ほどの少年たちの顔をよくよく見れば、何れも何処かで見たもの。
すぐに会議に上げて、処分しなければ。
こんな事態、二度と再発させてはいけない。
厳重な処置を取ろうと考えながらも、綾瀬は何かもの言いたげな表情でこちらを見上げる友人に微笑んだ。
「大丈夫、歌音ちゃん?」
「綾瀬くん、僕は平気だから……このことは、誰にも言わないで」
「え?何言ってるの?」
「いいから……みんなには……逸見には、言わないで。お願い」
悲痛な響きを有する懇願に、綾瀬の困惑は更なる怒りへと姿を変える。
すっと流した視線で、身を縮ませている生徒たちを射抜く。
「歌音ちゃんに、何を言ったの?一体何を考えているの?君たちは誰に牙を剥いたのか、よく自覚をするべきだ。家ごと潰してあげようか」
「待って、待って綾瀬くん、違うからっ……もういいからっ!」
込上げる激情のまま、すっと持ち上げたたおやかな手。
その白く細い腕の意味を察し、飛びついて来たのはオレンジ髪の少年で、いよいよ意味が分からなくなった。
必死に口止めをしてきたことから、歌音は彼らに何か弱味でも握られたのかと思ったのだが。
ぎゅっと目を瞑り、小さな身体全部で綾瀬の行動を制そうとしている表情は、確かに悲しみに満たされてはいるものの、被害者のそれとは若干異なっていた。
近いのは、憂い。
傷つけられた己ではなく、別の対象に悲しみ憂いでいるような。
「歌……音ちゃん、だって……」
「ごめん、ごめん。生徒会が一般生徒に舐められちゃ駄目だって分かってる、学院のために処分するべきだって、分かっているんだ……でもごめん。まだ、まだもう少しこのままでいさせて。僕は平気だから。全部終わったら、きちんとするから」
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