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ドシンっと音を立てて転がるや、肺から押し潰されるようにして呼気が吐き出される。
堪らず咽る生徒は、自分の身に何が起きたのかを理解出来ず、目を白黒させるばかりだ。
「びっくりした……もうこんなことしないでね?」
当の被害者はと言えば、今しがた人一人を放り投げたとは思えぬ表情で、未だ倒れたままの生徒に言い含めると、さっさと踵を返して歩き出す。
外見に見合わぬ一連の動きは、よく修練を積んだ者特有の型があり、武道を嗜む人間が見ればすぐに彼が何らかの武術を心得ていると分かるはず。
女性的な風貌と、長い甘栗色の髪から侮られがちだが、綾瀬は立派な護身術の使い手だった。
「最近練習してなかったから、ちょっと鈍ってるなぁ……っと、いけない。早く仁志くん探さなきゃ」
言うや、小走りになる。
綾瀬のスタート地点は体育館裏付近で、移動を続けて来た結果、現在は東棟に沿って本校舎の昇降口へと回って来ていた。
学院で行われる行事のすべてを管理する生徒会だが、不正行為がないようにと、役員の分は別の役員下につく補佐委員が用意をしており、副会長とてペアの居場所は皆目検討がつかない。
きょろきょろと首を巡らせ、目当ての金髪頭を捜し求める。
だが、先ほどから瞳に映るのは一般生徒がチラホラ程度。
最近の忙しさで人前にはあまり出ていなかったから、皆こちらを見つけるたびに悲鳴を上げていた。
「この辺じゃないのかなぁ……」
呟きながら、本館の前を通過した彼は、そのまま西棟へ進路を向け、何とはなしに街路から逸れた雑木林に目を投げた。
流石に山中に居を構えるだけあって、学院の敷地内には至る場所に林や森がある。
強い日光に煽られたのか、緑濃くした樹木が林立していた。
まさか居るわけがない。
長年、碌鳴に所属していると、毎月やって来るイベントに対してある程度の対策や暗黙のルールを覚えるものだ。
例えば、七夕イベントにおける対策と言えば、早く自分のペアと合流するために、出来るだけ視界が開けた場所に身を置くことである。
入り組んだ場所や、木々や障害物に姿を隠されてしまいそうなスポットは避け、人目が多かったり誰でも訪れそうな道を選ぶのがコツ。
だから、今綾瀬が視線を注いでいる雑木林などに、仁志がいるわけがない。
彼とて碌鳴在籍年数は長いのだから。
しかし。
分かっていても、綾瀬の長い睫毛に縁取られた瞳は、何かに呼び寄せられるかのように、日差しの届き辛い木立の影を探るように注視していた。
何か、嫌な予感がする。
どうにも気になり、そのまま静かに林へと入って行った男の胸中は、ざわざわと落ち着かない。
杞憂ならそれでいい。
でも、そうでなかったら?
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