◇
僅かに早く、穂積が言ったのだ。
「お前は、真っ直ぐだと思う」
と。
光は息を呑んだ。
発言者を注視し、必死で与えられた言葉を取り込もうとする。
その意味が指先まで浸透したのは、すぐだった。
生じたのは、身体に走る小刻みな震え。
思いもしないフレーズに、変装だとか潜入だとか。
ドラッグ、己の立場、売人。
忘れてはならない様々な現実が、どこかに吹き飛ぶ。
戦慄く唇を懸命に動かして、ともすれば情けなくもブレてしまいそうな声を、腹に力を込めて無理矢理正す。
どうにか冷静を保っている自分の一面は、言ってはならないと警告を繰り返していたけれど。
我慢ならずに、音にした。
「嘘を……ついていても?」
音にした途端、身内に覚えた罪悪感が威力を強めた。
名前は、長谷川 光。
嘘。
年は17歳。
もしかしたら嘘。
髪も瞳も黒。
本当は茶色だ。
両親は海外転勤だから、地元を離れて全寮制に来た。
今までは公立の学校に通っていた。
どれもこれも、嘘。
嘘。
嘘。
嘘。
偽りだらけの自分の人生。
友達にさえ繕った仮面しか見せない、そんな自分を。
そんな自分を、真っ直ぐなんて。
真っ直ぐだなんて―――
「嘘と言うのは、どうなんだろうな」
「え……」
穂積の声は、またしてもこちらの意識を浮上させた。
深淵なる奈落に下って行こうやと言う光を、透明な音色で掬い上げる。
「嘘なのか秘密なのか、言いたいのか言いたくないのか、良いのか悪いのか……捉えようだ。仮に嘘だとして、それで悩んでいるお前は、お前がどう思おうと真っ直ぐだ」
「俺が……真っ直ぐ?」
「もし認められないなら、育ててやればいい。お前の中に、真っ直ぐな気持ちを―――真っ直ぐな気持ちを育てることを、赦してやれ」
何を言われているのか、理解出来なかった。
思考回路は停止して、与えられた優しさを撥ね付けるが如く固まってしまう。
受け入れてはならないと、明晰な頭脳の稼動を止めさせる。
けれど、身体の反応は素直過ぎた。
意識とは別の場所。
もっと繊細で、柔らかな箇所を穂積の一言は貫いたのだ。
呆然とした面持ちの少年の頬を、何かが伝った。
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