僅かに早く、穂積が言ったのだ。

「お前は、真っ直ぐだと思う」

と。

光は息を呑んだ。

発言者を注視し、必死で与えられた言葉を取り込もうとする。

その意味が指先まで浸透したのは、すぐだった。

生じたのは、身体に走る小刻みな震え。

思いもしないフレーズに、変装だとか潜入だとか。

ドラッグ、己の立場、売人。

忘れてはならない様々な現実が、どこかに吹き飛ぶ。

戦慄く唇を懸命に動かして、ともすれば情けなくもブレてしまいそうな声を、腹に力を込めて無理矢理正す。

どうにか冷静を保っている自分の一面は、言ってはならないと警告を繰り返していたけれど。

我慢ならずに、音にした。


「嘘を……ついていても?」


音にした途端、身内に覚えた罪悪感が威力を強めた。

名前は、長谷川 光。

嘘。

年は17歳。

もしかしたら嘘。

髪も瞳も黒。

本当は茶色だ。

両親は海外転勤だから、地元を離れて全寮制に来た。

今までは公立の学校に通っていた。

どれもこれも、嘘。

嘘。

嘘。

嘘。

偽りだらけの自分の人生。

友達にさえ繕った仮面しか見せない、そんな自分を。

そんな自分を、真っ直ぐなんて。

真っ直ぐだなんて―――

「嘘と言うのは、どうなんだろうな」
「え……」

穂積の声は、またしてもこちらの意識を浮上させた。

深淵なる奈落に下って行こうやと言う光を、透明な音色で掬い上げる。

「嘘なのか秘密なのか、言いたいのか言いたくないのか、良いのか悪いのか……捉えようだ。仮に嘘だとして、それで悩んでいるお前は、お前がどう思おうと真っ直ぐだ」
「俺が……真っ直ぐ?」
「もし認められないなら、育ててやればいい。お前の中に、真っ直ぐな気持ちを―――真っ直ぐな気持ちを育てることを、赦してやれ」

何を言われているのか、理解出来なかった。

思考回路は停止して、与えられた優しさを撥ね付けるが如く固まってしまう。

受け入れてはならないと、明晰な頭脳の稼動を止めさせる。

けれど、身体の反応は素直過ぎた。

意識とは別の場所。

もっと繊細で、柔らかな箇所を穂積の一言は貫いたのだ。

呆然とした面持ちの少年の頬を、何かが伝った。




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