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「お前は」
「え?」
不意に背後からかけられた声に、光は振り向いた。
沈んだ気持ちは少年の心を外界から隔離し、内側へと引き込もうとする。
穂積の呼びかけは、果てのない自己嫌悪に飛び込みかけていたところに、図らずも静止となったのだった。
驚いたように歪んだ表情は、男の目にどう映ったのか。
光が知る手段はなかったけれど、相手は少し目元を和らげた。
それは、今まで見てきた数少ない穂積の瞳の中で、最も優しいものだった。
「お前は、自分が真っ直ぐではないと……そう思っているのか?」
どうして、そんなことを聞くのか分からない。
妙な動悸を打ち鳴らしそうになった少年は、怪訝そうに相手を見つめ返しながらも、答えを返す。
「……そうだよ」
「お前の心がか?」
「だから、そうだって」
何度も言わせるな。
嘘ばかりついて生きて来た自分の中心は、気味が悪いほど捻じ曲がっているんだ。
救いようがないくらい。
穂積は、了承の意なのか顎を小さく引くと、こちらから目をそらした。
またしても弓を構えて、光を置き去りにする。
あまりに自分勝手な行動に、光は諦観しそうだ。
疲れた風に嘆息しようとする。
だが、小さく開いた唇からため息が吐かれることはなかった。
「俺は、そうは思わない」
「……なに?」
てっきり会話は打ち切られたものかと思っていたのだが。
床の木目を見ていた視線を持ち上げて、すっと通った相手の背中を捕らえる。
穂積はこちらを向かないまま、言葉を続けた。
「育った環境もあって、俺は今まで多くの人間と接して来た」
「……」
「金目当てに小細工をする奴、外見に釣られて媚び諂う奴、他人を蹴落として欲求を暴走させる奴……色んな心が歪んだ人間を知ってる」
光の脳裏に、先刻の光景が蘇る。
逸見に近づいたと、理不尽な怒りで歌音を取り囲んだ少年たち。
彼らの心はお世辞にも正しい真っ直ぐさを有しているとは言えない。
つい感情のままに少年の一人に手を上げてしまったが、今思えば彼らと自分に差異はなかったのかもしれない。
人間の根幹を形成する、重要な部分が間違っているのだから。
自虐的な考えに、少年は笑おうとして。
失敗した。
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