彼は靴を脱ぐと道場に上がり、そのまま誰かの置忘れだろうか。

弓掛を嵌めて掛かっている弓を手に取った。

自分の身の丈にあったものを使うべきだが、平均的な身長のために使おうとしている弓はぴったりだ。

制服姿のまま穂積の横の的前に立つと、見よう見真似にしては随分と様になった動作で矢を構えた。

細い腕をぴんと伸ばし、標的を見据え。

放つ。

空を切り飛んで行く矢は、トンっ!と音を立てて的に刺さった。

中央だ。

穂積は僅かに目を見張り、冴えない少年を凝視する。

本当にビジュアルに見合わないことをしてくれる。

陰鬱な容姿はインドア派と主張して、運動音痴を連想させるのに。

勿論、弓道は運動神経だけでする武芸ではないが、それでも意外過ぎた。

「やったことがあるのか?」

投げかけた質問に、光は緩く首を振った。

否定のジェスチャーと分かるが、長年弓道に親しんでいる穂積が感心するほどの技量を見せられては、納得しかねる。

「会長の動きを真似してみただけだよ。難しいんだな」
「それにしては簡単に真ん中を射抜いたようだが?」
「たまたま。弓って、けっこうスッキリする」

けれど、少年の表情は言葉とは裏腹に曇っていく。

ぐっと気力を削いだ華奢な相手は、自分が放った遠くの弓矢を見つめていた。

レンズが邪魔をしてその瞳に宿る感情は、穂積には判然としないものの、漂う悲壮な空気に眉根を寄せた。

光の口角が、ゆるりと持ち上がる。

「心が真っ直ぐになる……俺の心は、弓くらいじゃ無理みたいだ」

押し殺すように発せられた台詞には、強い自嘲の香りが含まれていた。

あぁ、そうか。

何かおかしいと思っていたが、そう言うことか。

穂積は急に鮮明になった少年の『違和感』に、得心した。

鬱々としていたのは、だからなのだろう。

同時に、あまり似つかわしくないと思う。

拝借していた道具を元の位置に戻す転校生を、黒曜石を眇めて見やる。

細い肩は気迫もなく下がり、儚げですらあった。

この見目悪くも剛毅な生徒は、今。

己を嫌悪していたのだ。




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