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穂積がにやりと口元を歪めてこちらを向いた。
いつもの紳士笑顔とは違う得意げなそれは、形だけ整えたものよりもずっと彼に似合っている。
「どうした?」
見惚れてしまっていることなど、分かっているだろうに。
わざと聞いてくる相手はやはり性格が悪い。
我に返ったものの、素直な感想を言う気にもなれず、光は平静を取り繕った。
「……弓なんてやってたんだ」
「あぁ、昔からな」
「いいの?行事近くて忙しいんだろ。生徒会長様自らサボりなんてさ」
妙な悔しさから、つい口から出たのは嫌味臭い台詞で、言ったあとに『しまった』と思う。
彼が思いのほか子供っぽい反応をする人間だと、サバイバルゲームで気が付いた。
下手をすれば怒ってしまうかもしれない、と心配したものの、穂積は特別顔色を変えることなく会話を続けた。
「気分転換は必要だからな。あまり仕事に捕らわれていたら、判断を見誤ることもある。適度な息抜きは重要だろ」
「あ……そう」
「なんだ?」
拍子抜けした様子に、男は不思議そうだ。
しかし、不思議に思っているのは光とて同じ。
制服ではなく弓道衣に身を包んだ男は、いつもとどこか違うではないか。
どこが違うかと言われれば、明確にコレだと言えないけれど、確かに光の記憶に居る男とは異なっているように思えた。
近付いても害がないような気がして、警戒を解くと穂積の立つ的前へ寄っていく。
始めに考えていた油断を誘う作戦でもなかったと確信したのは、道場の縁に腰をかけたときだ。
証拠に、穂積はこちらを意識することもなく、弓を構えていた。
少しも不自然なところがない、心地のよい空気が流れる。
七月の日差しも、木陰に遮られて柔らかいものへと姿を変えて降り注ぐ。
優しい世界によって凝り固まった意識は、すぅっと溶けてしまった。
だからか。
以前ならば考えられぬほど自然に、光は彼に声をかける。
「好きなの?」
「……弓道か?」
穂積の黒曜石は霞的を見据えていると知っていながら、光は一つ頷いた。
更に弓を引き終えた男は、気配で気付いたのだろう。
「心が真っ直ぐになるからな」
答えをくれた。
が。
「はぁっ!?真っ直ぐ、真っ直ぐって会長の心がっ!?」
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