◇
穂積は疲れたように嘆息した。
「なんですか……?」
その含みを持たせた姿に小首を傾げる。
彼は新しい弓を手にしながら、さらりと言ってのけた。
「妙な顔しているな、と思っただけだ」
「生まれつきです」
聞いて損した気分だ。
ビジュアルが劣っていることなど今更だろうに。
しかし、彼はこちらの無知を笑うように頬を緩めたのだ。
「意味が違う。何かあったかと言ってるんだ」
「……っ」
少年の細い肩がビクリと跳ねた。
正直過ぎる反応。
これでは肯定しているようなものではないか。
隠すことも出来なかった脆い自分に、舌打ちを堪えた。
居た堪れない想いが胸中から溢れ出し、爪の痕がしっかりと刻まれてしまった掌を握り込む。
「聞いてやらないけどな」
だが、光に寄越されたのは思いやるような言葉でもなければ、慰めのものでもない。
悩む少年を面白がるような色しか見当たらない、軽いフレーズ。
ならばわざわざ痛い場所を突いてくるな。
黙って見逃してくれればいいものを。
「別に、聞いて欲しいとか言ってないし」
全身から不機嫌オーラを醸し出す光を鼻で笑った男は、こちらから興味を失ったのか、再び弓に矢を番える。
長い足が動き、乗馬袴の裾が微かに揺れた。
一連の流れるような動作は、実に流麗であるも筋が通って美しい。
弓掛に覆われた男の右手が、矢羽を真っ直ぐに引いていく。
気が付けば、静けさに満ちた空気に息を潜め、彼の姿を見つめていた。
涼しげな黒曜石の双眸が、すぅっと細まる。
あ。
そう思ったのと、穂積が弓を放ったのはほぼ同時。
揺らぐことなく直線を裂いて行った一本の心は、今度こそ的の中央に身を留めた。
「……」
拍手だってしてしまいそうな腕前だ。
相手が魔王であることなど関係なしに、賞賛の声を上げたい。
けれど、光の喉は込み上げる感情に蓋をされて、一音さえも発することは叶わなかった。
たった今目にした光景が網膜から離れず、呆然と立ち尽くす。
- 100 -
[*←] | [→#]
[back][bkm]