さて、ここで問題だ。

世にも恐ろしい魔王が始まりの街中に突如として出現した。

勇者のレベルは1、おまけにバグなのかありとあらゆるステータス異常にかかっている。

主人公が取るべき行動は、果たしてなんだろう。

この場合『リセットボタンを押す』は選択肢にない。

単純だ。

『力の限り逃走する』

これだけ。

コマンドの一番下を速攻で選ぶべし。

が、残念なことに少年にはそれも出来なかった。

別に、ステータス異常の中に『睡眠』があったから逃走出来ない……とか言うわけではない。

あまりに予想外の人物が、黒になった瞳に映っているからだ、と言えば少々惜しい。

「ここで何をしてる」
「……はい?」

日ごろは紳士的な笑顔を浮かべた傲慢魔王が、特にこれと言った攻撃を仕掛けもせず、驚いたように問うて来たからである。

光はあまりの恐怖で、その場に凍り付いてしまった。

見る見る顔面を蒼白にして行く不恰好な少年を、穂積は訝しそうに見ている。

そんな顔したって騙されない。

傲慢な生徒会長様が、忘れているはずがないのだ。

つい先月、自分が彼の鳩尾を力いっぱい殴りつけたことを、穂積が忘れていると思えるほど光は楽観主義者ではなかった。

どちらかと言えば悲観主義だ。

素知らぬ顔をしておいて、油断した瞬間に潰されるに決まっている。

授業中にも関わらず、突然現れた転校生にびっくりしてます!なんて表情されたって、信じられるはずがない。

あぁ、とんでもないものに遭遇してしまった。

このまま穂積とは二度と出会わず調査を終えたかったのに。

何て、不可能かつ被害妄想と呼べる考えが、少年の優秀な頭脳に溢れかえっていた。

ダラダラと冷や汗をかきつつ、己の不運を嘆くこちらに、穂積の顔が顰められる。

「おい、質問に答えろ」
「は?」

間抜けにも聞き返した途端、男が番えた矢の切っ先が光に狙いを定めた。

キラリと輝く凶器に、慌てふためく。

「ちょ、待て、待って待って待って。落ち着こう、冷静に」
「なら早くしろ」
「……短気は損気って知らないだろ」
「いい度胸だ」
「授業出る気がなくなって、ふらふら散歩してたら辿り着いただけです」

低く凄まれてしまえば、勝手に身体が動いてくれた。

いつの間にか両手が顔の横に上がって降参ポーズだ。

なるほど、生命の危機に瀕すれば理性よりも本能が働くらしい。




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