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自信過剰なわけではないけれど、オレンジ色の先輩が言ったように、仁志はこちらを友人だと思っているだろう。
だが、それは仁志の気持ちの話。
自分は肩書きを頂いているに過ぎず、真からの思いで友人を名乗っているわけではない。
そのポジションにさえあればよかっただけで、それだけだ。
考えなくとも、答えは簡単に出てくる。
歌音の問いに対する解は否。
唯一無二の返答。
なのに、この矛盾は何だろうか。
自分が仁志を友達だと思っていないならば、彼に避けられて何故こうも胸が苦しい?
合わない視線を寂しく感じる?
先を行く背中に、遮られる会話に、目にしない笑顔に。
何故、悲しさを覚えるのだろう。
明らかな矛盾。
こちらもすでに、答えは出ていた。
「……友達」
認めてしまえばすべての感情の辻褄が合う。
カチリとピースがはまり、パズルは完成する。
出来上がった絵はきっと少年の心を暖めてくれるはずだ。
しかし、光の心は全力でもってパズルの完成を拒絶した。
違う、と。
有り得ない、と。
嘘にまみれた自分が、彼を友達だと思うだなんて、おこがましいにもほどがある。
真っ直ぐで強い仁志を、友達だと言う資格など自分には欠片もない。
捻じ曲がって、偽って、真実など一つも持ち合わせない自分が、友達と口にしていいはずがなかった。
相応しくない。
自分は彼の友達には、なってはいけない。
なることは出来ないのだ。
存在そのものが、嘘である自分は。
林立する木々が不意に途切れたことで、少年はそっと顔を上げた。
目の前には広い空間が設けられ、誰の姿も見当たらない。
ここには何があったかと、再び脳内地図を展開させようとした、そのとき。
ひゅっと空を切って通り過ぎて行った飛来物に、眼鏡の下の瞳が見開かれた。
遅れて、飛来物が向かった方向から、コンっ!と小気味良い音が鼓膜を振るわせる。
つられてそちらを見やった少年は、壁に備えられた霞的に刺さったものを見て、自分がどこに行き着いたのかを悟った。
クラブハウスとは逆側に歩いて来たのだから、ぶつかるのは当然だ。
が、彼が納得出来たのはここまでである。
「誰だ」
凛と透き通った声が、世界に響き渡った。
今しがた少年の前を飛んで行き、見事的の中心近くを射抜いた矢の如く、真っ直ぐでよく通る声。
見なくても分かった。
分かったけれど、確認せずにはいられなかった。
だってそうだ。
もし光が思い描いた人物だった場合、素早く逃げなくてはならない。
そう、あの日と同じように脇目も振らず高速で。
的を見つめる両の目を、半ば無理やり的とは逆側へと移動させる。
油の切れたブリキ細工よろしく、ぎこちなく首を廻らせ。
「長谷川?」
「かい……ちょう」
弓道衣に身を包んだ美貌の男は紛れもなく、自分がボディブローを食らわせた穂積 真昼その人であった。
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