◇
「友達に避けられたら、誰だって悲しいよ?」
「は?友……達?」
「違うの?長谷川くんは、きっともう、アッキーのことを友達だと思っているから、悲しくなるんじゃないかな」
ばっと正面を向いた少年は、明らかに動揺していた。
恥ずかしさとか、納得ではない種類の動揺。
まるで、そんた単語は初めて聞いたとでも言うようだ。
いいや、光とて『友達』と言うフレーズを知っている。
それが一体どんなものかも、知識として持っている。
仁志が用意してくれた『友達』のポジションに居たのだから当然だ。
それなのに、まるで己にはそんなものは居ないとばかりの表情。
だってそうだ。
光はドラッグ捜査のために、仁志の『友達』になったのだ。
『友達』と言う肩書きを掲げていただけだ。
まさか。
そんなはずがない。
あるわけがない。
「待って下さい、俺は別に友達だなんて」
「アッキーは、たぶん君のことを友達だと思っているよ。彼が誰かのために必死になるなんて、あんまりないもの。長谷川くんは?本当に、友達だと思ってない?」
「でもっ……」
「よく考えてあげて。君にとっても、アッキーにとっても、すごく重要なことだもの」
諭すような響きに含まれた、包み込むような色。
耳朶を撫ぜた暖かな言葉は、しかし真っ黒に染まった双眸を、迷子のように脆弱なものに変えた。
有り得ない。
そんなことが、自分に有り得るはずがない。
許されるはずがない。
「誤解です、俺は……っ」
「歌音っ、そこに居るのか?」
焦燥に支配された頭で相手の弁を否定しようとしたとき、裏庭に新たな人影が現れた。
すらりとした長身に、端整な面の上の眼鏡。
「逸見、迎えに来てくれたの?」
「授業が始まるのに、何をしていたんだ。……長谷川か、久しぶりだな」
「ど、うも」
ふっと何か謀略を図っていそうな笑みに、ぎこちなく応じる。
音になり損ねた台詞は、発露を失い器官から腹へと戻っていく。
違う、そうじゃない。
『否』と叫びたいのに、逸見の手前それも出来ない。
「お前も早く教室に戻るといい。歌音、行こう」
「そうだね。長谷川くん、途中になってごめんね……でも、僕はそう思うから」
もどかしそうな表情をどう解釈したのか、少年には分からない。
光に向かって困った風に眦を下げたオレンジ色の天使は、ナイトに促されると優美な校舎へと戻って行ったのだった。
行き場のない想いを抱く、哀れな転校生を残して。
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