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あまり離れていない場所から聞こえたが、風も吹いていないのに妙だ。
何かを叩きつけるような小さな乾いた音。
誰かいるのかと、体育館脇にある裏庭へ歩を進める。
学生食堂から見えるコの字型の内側にあるガーデンは『中庭』と呼ばれ、それ以外にも学院内には生徒の憩いの場として随所に裏庭が作られている。
メインの庭と異なり、外界を遮断するように木々を植えていため、一瞥しただけでは内部の様子は分からないことから、『裏庭』と呼ばれているらしい。
目の前に迫った裏庭も同様で、光はやはり気のせいかと踵を返そうとした。
だが。
「――って、調子――っ」
抑えられてはいるけれど、確かに誰かの声がした。
音色に含まれる感情を察して、すぐさま木々を縫って飛び込んだ。
「何やって……歌音先輩っ!?」
「長谷川……くん?」
体育館の壁を背中にして、数人の生徒に囲まれた人物に、光は目を丸くした。
オレンジ色の髪を邪魔にならないようにカラーピンで留めている愛らしい先輩は、突然の乱入者に驚いたあと、すぐに顔を厳しくさせた。
「長谷川くん、授業があるでしょう?見なかったことにして、行って」
「何言ってるんですかっ!?だってコレって……」
『呼び出し』現場の典型ではないか。
二人のやり取りに、歌音を取り囲んでいた生徒たちが一斉に光の方を向く。
どの顔も少女と見紛うようなものばかりだったが、彼らは現れたのが根暗な転校生だと気付くと、醜くせせら笑った。
「噂の転校生くんが、何の用?」
「邪魔しないでくれるー?それとも、君も痛い目みたいとか?」
自分たちの台詞にきゃらきゃらと笑う面々に、光は眉を寄せる。
こちらの怒りが伝わっているだろうに、生徒の中でも中心格であろう少年は、歌音のネクタイをぐっと引っ張った。
「逸見様だけじゃなくて、転校生までタラシ込んだんだ。随分守備範囲が広いんだな」
「待って、彼は関係……」
「清純気取った顔がムカツクんだよっ!」
「ぃっ……!」
首が引かれ前かがみになっていた歌音の髪の毛を、少年はぐっと掴み上げた。
数本のオレンジが、ハラリと虚空に舞う。
「おい、何してんだっ!早く離せっ」
大きな瞳を苦痛で眇める歌音を見て、光は腹の底から怒鳴りつける。
実力行使に出なかったのは、数人の少年たちが皆一様にか細い腕をしていたからだ。
そうでなければ、今頃地面に転がせている。
ぎりぎりの理性で怒りを制御しているために、光の肩は微かに震えていた。
だが、それを怯えと取ったのだろう。
「ヲタは黙ってろよっ!マジで潰すよっ!!」
余裕と嘲りを混ぜた声がぶつけられる。
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