キンッ、キンッと金属の触れ合う甲高い音が、アップテンポの曲と共にテントいっぱいに響き渡る。

頭上から振り下ろされたシャムシールを、左手にした刃で受け止め火花を散らす。

力強くも流麗な動きで身を離し、一定の間合いを保ちながら次の動きに備えると、ぶつかった鋭い眼光が楽しげに笑いかけて来た。

昼の演目の中で一番の人気である剣舞は、もう一人の踊り子である仁志 秋吉との組演舞だ。

すらりとした長身に、怜悧ながら整った面立ちをしたパートナーは、千影の手にする一対の小さな曲刀とは異なり、切っ先に向かって反り返った半月の長刀―――シャムシールを隙なく構えている。

それだけでも絵になるのだが、卓越した身体能力を生かしたアクロバットを取り入れた舞踏に、観客は固唾を呑んで見入ってしまう。

「はっ!」

短いかけ声と共に、一挙に距離を詰める。

怒涛の勢いで互いの刃を繰り出し、打ち鳴らし、クライマックスに向けてスピードを上げた。

素早い突きを、上半身を仰け反らせて紙一重で避け、交差させた曲刀で弾き返す。

仕返しとばかりに二連の攻撃、それを相手は長い足を振り上げた身体の反動で身を捻りつつ避ける。

綿密に計算され、確かな練習によって生まれた二人の舞踏は、阿吽の呼吸で揃い、当人たちにとってはまったく危なげない。

緊張に支配されているのは、見守る客席の住人たちばかりだ。

さぁ、いよいよ終局。

音楽も大いに盛り上がりを見せ、このまま一気にと思ったとき。

それは起こった。

「いっ!?」

ガツンッ、と。

突如襲った鈍い衝撃。

一瞬、何が起こったのか分からずに、千影は曲刀を取り落とした。

「千影っ!」

対面の仁志も演技を止め、焦った様子でこちらに駆け寄って来た。

なんだ。

何が起こった。

ズキズキと痛む額に当てた手が、ぬるりとした感触に遭遇したのと、少年の目が舞台に転がる石を見つけたのは同時。

自分よりも僅かに早く、ことの次第を把握したらしいパートナーが、怒りに満たされた形相で唸り声を上げた。

「逃げんじゃねぇ!」
「仁志、いいから……っておい、仁志待てって!」

千影に向かって石を投げつけた犯人を見つけたのか、仁志は舞台を飛び降りるや、テントの出入り口へと走り出した。

客席は混乱でざわめいていると言うに、今舞台を放りだしてどうすると言うのか。

「千影、大丈夫かっ?」
「武文……。ごめん、舞台……」
「いいから、お前はこっち来い」

木崎に抱えられるようにして舞台袖へと連れて行かれる。

せっかく自分と仁志の演舞を見に来てくれたのに、なんてことだ。

「お集まりの皆様、どうぞご静粛にお願いします。どうやら我が「シェヘラザード」の舞姫に、嫉妬した小鬼が紛れたようです。ですがご安心下さい、皆様にとくとご覧頂いた素晴らしき腕前の剣士が、不届き者に鉄槌を下すことは間違いありません。さてはて事件の結末はどうなることやら。すべては今宵の「七宵御伽」にて―――……」

場を取りなす逸見の声を聞きながら、自室へ入る。

寝台に座ると、すぐに手当てが施された。

場所が額だけに出血は多いが、さほど深い傷ではなかったようで、対面の男がほっと息をつく。

「痛むか?」
「そんなに。俺、石投げられたんだよな」
「あぁ、きっと脅迫状の奴らだ。悪かった。こんなことになる前に、さっさと犯人見つけて潰しておけばよかった」
「その前に無茶な買い方止めろよ」

苦笑交じりに突っ込むも、男の険しい表情は変わらない。

これは相当怒っているなと思う。

「その、仁志は?」
「犯人を捕まえられるかどうかは分からないが、まだ追いかけてるはずだ。目の前でお前がやられたんだ、完全にキレてるだろう」
「え、それ駄目だろ!仁志がキレたら何するか……」
「知ったことか。犯人が半殺しになってりゃいいんだがな」
「武文っ」

物騒なことをさらりと言われ、ぎょっとなる。

相当、なんていうレベルではない。

座長もまた、完全にキレてしまっていたのだ。

喜怒哀楽の激しい仁志の、怒りは特に凄まじく、一度タガが外れればどうなってしまうのか。

普段は窘め役の木崎がこうでは、止める人間はどこにもいないということ。

恐ろしい想像に背筋が凍りついたとき、垂れ布の向こうから逸見の声が聞こえた。

「座長、よろしいですか?」
「どうした、入って来いよ。客は帰したのか」
「えぇ。ですが……」
「なんだ?」
「仁志も帰って来たと言うか……あ、おいっ」

珍しく歯切れの悪い彼を怪訝に思う間もなく、垂れ布が捲られた。

よく通る低音と共に。

「邪魔をするぞ」
「え……」

現われたのは、繊細な眼鏡が印象的な策士でも、飛び出して行った眼光鋭い友人でもなかった。

否、仁志もいるにはいるのだ。

漆黒の髪と眼を持った、美しい男の肩に担がれての帰還ではあったのだけれど。

在るべき場所に在るべきものが、最高の形で配された秀麗な容姿の男は、仕立ての良いグレーの衣で均整の取れた肢体を包んでいる。

千影は真っ直ぐに己を射抜く視線に、息を止めずにはいられなかった。

心臓がドクリ。

派手な音を上げ、体温が上昇する錯覚を覚えた。

彼だ。

胸中だけで、呟いた。

「誰だ?」
「ただの客だ。それよりも、こいつを引き渡しに来た」

木崎の警戒に頓着せず、担いでいた仁志を絨毯の上に寝かせる。

目蓋を下ろした彼からは、怒気の欠片も見当たらない。

気を失っている仁志を前に、何があったと目で問いかけた。

「無関係の人間に手を上げかけていたから、気絶させた。暴漢はすでに人ごみに紛れていて、追跡は出来なかった」
「仁志の暴走を、止めてくれたんですか?」
「街で暴れられては迷惑するからな。それに、この一座の看板に傷がつく」

ふっと緩んだ男の口元に、千影は感動にも近い衝撃を受けていた。

理由は明白。

千影は、この男を知っていたのだ。

名前や職業を知っているわけではない。

会話をしたことがあるわけでもない。

ただ、顔を知っていたのだ。

この街で舞台に立ってから毎日、目にしていたから。




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