髪を梳く手を止めた真昼は、思い出したように言った。

「お前、親は?」
「親ですか?一応、保護者がいますけど」

これまで千影を育ててくれた、一番の理解者である保護者は、今日の催しには来ていない。

すべての事件が終わった後、事務所へ戻りことの顛末を語るや、彼は急用が出来たと言って出かけてしまったのだ。

「康介のヤツ……覚悟出来てんだろうな」と、不穏な呟きを零していたから、きっと間垣の元に向かったのだろうけれど、その真相は不明である。

少し残念な気持ちはあったが、木崎とはすでにあの夜、心の深い部分で納得をし合っているし、用が済んだら城に来ると言っていたから不安はない。

「そうか。なら、近いうちに挨拶に行くか」
「なんのですか?」

当然のように言われるも、千影はさっぱりだ。

怪訝そうに問うた少年に、真昼はまたしても当たり前の顔で言ってのけた。

「お前をもらうための挨拶だろう」
「はい?」

何を言われたのか。

暫時、硬直する。

もらう、もらうとはどういう意味だ。

疑問が顔に出ていたのか、対面の形相が魔王のそれに変化した。

「お前……この期に及んで俺から離れられると思っていたのか?」
「いや、そうじゃなくって」
「ならどういう意味だ」

後退さろうとするが、がっしりと肩を抱き込まれて身動きが取れない。

傍から見れば仲睦まじい様子だが、当人たちにとっては真剣極まりない問答だ。

「だって、貴方は次期国王なんですよっ。無理言ってるって分かるでしょう」
「ゴミ虫風情が余計な気を回すつもりか」
「悪いですか!貴方の立場心配しちゃ駄目ですかっ」
「悪いし駄目だな。考えたところで、お前はロクな結論を出せないだろう」

ビシッと言い切られ、思わず言葉に詰まる。

確かに、悲観主義の傾向にある千影は、大抵の場合において最悪のパターンしか想像できないタイプだ。

だが、今回の場合は千影が導き出した答えしか、道はないように思える。

国主となる真昼には、後継ぎをもうける義務があるし、何より一国の王が男を囲うなど許されるはずがない。

せいぜい秘密の愛人として、この城に閉じ込めるくらいのものだろう。

中央で正妃と共に国を治める真昼の訪れを、寂しく待つだけの人生をイメージしたら、それだけで理不尽だとムカついて来て、千影は強く睨みつけた。

両者一歩も引かない構えで、眼光鋭く睨み合いは続く。

やはり傍から見れば、熱く見つめ合っているように見えるのだが、当人たちにとっては必死の勝負だ。

視線を逸らしたのは、真昼が先だった。

馬鹿馬鹿しいとばかりに、大袈裟な溜息。

「お前が何を考えているかは知らないが、俺がいつ、王になると言った」
「いつって……だって真昼は!」
「そうだ。王位継承権は持っている。持っている上に第一王子だが、俺の外にも継承権を持っているヤツがいる。何より俺に継ぐ気はない」
「は?」

まさかの発言に、目が点になった。

愕然とした面持ちで真昼を見上げれば、彼は「やはりロクな考えをしない」と、不満を漏らす。

それから大きく息を吸い込んで、怒涛の勢いで怒りを込めた低音を続けた。

「不可抗力とは言え、長期間自分の領地すら満足に治められていないんだ。中央にもずっと顔を出していない。今から支持を集めるために工作したところで、もう遅い。第一、俺は最初から王になる気もなくて、他のヤツを次代に推している」
「え、あの、ちょっと待って――」
「この領地も事務仕事以外はそいつに肩代わりさせていたしな。まぁ、その辺りの権利は返還させるが。国王なんて面倒臭い真似、やりたいヤツにやらせた方が、やる気のない俺よりいくらかマシな働きをするに決まっているだろう」
「だから待てって!何が何だか――」
「で?お前は俺から離れたいのか?」

両手で顔を固定されて、ぐっと瞳の奥を覗かれる。

立場やら義務やら面倒な諸々を言い訳にせず、真実の想いをさっさと示せと、真摯な闇色の双眸で催促した。

混乱しながらも、彼の発言すべてを高速処理していた千影は、観念するしかない。

自分の考えていたことは、本当にロクでもなく余計なことで、さらに言えば無駄だった。

何しろ真昼は、千影が何を言おうと関係なしに、決めていたのだ。

言われたではないか。

この先ずっと、彼の愛を聞き続けろと。

一度だけ目蓋を落とし、そうして穏やかなブラウンの虹彩に想いを輝かせた。

「真昼のことが、好きです。だから、離れない」
「嫌だと言われても、離すつもりはない」

頬を綻ばせて告げた千影に、真昼は満足そうに頷いた。

傲慢極まりない魔王は、呪いが解けてもやはり傲慢な魔王のままで。

同時に優しくて、真面目で、真摯なままで。

千影が恋をしたときと、何一つ変わっていない。

愛する人は、この先もずっと愛する人のままだ。

恋情を隠さぬ彼の微笑みを見上げて、千影はにっこり。

「俺の保護者、超過保護なんで頑張って下さいね」
「っ!」

思わず咽る真昼の頬に、そっと背伸びをして口づけた。


Fin.




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