SIDE:仁志

大広間の主催者席で、人目も憚らず寄り添う二人の人物を、彼は壁際から眺めていた。

男の手に髪を撫でられ、しかめっ面を作っている友人が、心内では喜んでいることくらい簡単に分かる。

それくらい、仁志は千影の近い場所にいた。

千影との強い絆を有していた。

なのに。

己は友人の幸福を破壊してしまうところだった。

先走った勘違いによって激昂し、我を忘れて刃を振り回した。

投げたナイフの軌道も、千影を庇って倒れた男のことも、逸見と呼ばれる執事に取り押さえられたことも。

正気に返るやすべてが思い出されて、死にそうになる。

大切な友人の幸せを刈り取ろうとした自分の、何て愚かなことだろう。

何て罪深きことだろう。

すぐに千影や彼の愛した男に謝罪をすると、彼らは揃って許してくれたが、それでも仁志は己自身を許すことが出来ない。

結果として失われたものが何もなくとも、失う危険を招いたのは仁志なのだ。

千影の幸福を願うはずが、対極の行動を取ってしまったのは仁志なのだ。

後悔に沈み喉が詰まる。

着慣れない礼装の首元に指をかけ、息苦しさを緩和させた。

「楽しくない?」
「っ!?」

不意に傍らから差し出されたのは、シャンパングラスだった。

琥珀色の中に小さな泡がぱちぱちと遊んでいる。

差し出した相手は、この城の執事長を務める綾瀬 滸という男である。

彼もまた瑠璃の仮面が消え、猫耳も尻尾もなくなり真実の姿に戻ったのだが、それについて仁志は詳しく知らない。

「どうぞ」
「……どうも」

にっこりと笑顔で促され、怪訝な思いを抱きながらも受け取ると、綾瀬は仁志の隣りに並んだ。

緊張が走るのも致し方ない。

城主である真昼は、国の王族である穂積家嫡男にして、綾瀬の幼馴染だと言う。

とんでもない相手に刃を向けてしまった事実は元より、千影や真昼個人に対してだけでなく、綾瀬にもまた謝罪をしなければならないのだから、背筋が伸びる。

何を言われても謝るのみだと心に決めて、仁志は傍らの麗人に向かって頭を下げようとした。

だが。

「ごめんなさい、はいらないよ?」
「えっ」
「すみませんでした、も。申し訳ありません、もね」
絶妙なタイミングでかけられた制止に、仁志はつんのめりそうになった。

思いもがけない言葉に思考回路がストップして、普段は眼光鋭い目をぱちぱちと瞬きする。

「今、僕の目には幸せな光景しか映っていないもの。仁志くんに謝ってもらう隙間なんて、どこにもない」
「……」

それは、謝らせてももらえないということ。

謝罪を求めない代わりに、贖罪もさせないということなのだろうか。

金髪頭の下で苦しげに表情を陰らせた仁志に、しかし綾瀬は柔らかく微笑んだ。

「言葉じゃなくて、態度で償ってもらわなくちゃ」

紅茶色の瞳には、怒りも嫌悪も侮蔑もない、ただ清い輝きが宿っている。

「笑って、仁志くん」
「っ……」
「今、キミに出来る償いは、笑ってあの二人を祝福することだよ」

悔恨に歪んだ顔など、必要ない。

自責に溺れた心など、役に立たない。

謝りたいのは仁志の気持ち。

相手が望む行動などではないのだ。

だから今は、笑って。

それが仁志に求められた、唯一つの贖罪だった。

「あ、りがとう……ございます」
「さぁ、仁志くん!二人を冷やかしに行こうか」

小さな呟きが聞こえているのかいないのか、綾瀬は楽しそうに手を出した。

その手を取って、光り溢れるホールに歩き出した男の口元には、祝福の笑み。

友の幸せを祝うのは、友人としての務めだ。




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