「あり得ない」

頭痛に堪えるかのような重々しい呟きは、華やかな大広間においてまったく相応しくはなかった。

青く澄み渡った空を仰げる大窓から、溢れるほどに差しこんだ陽光に照らされたホールで、美しく着飾った紳士淑女が楽団の演奏に合わせ、ワルツを踊っている。

行き交う給仕は豪勢な立食式の食事や、気泡の立つシャンパングラスを運んでは、空いたものを引っ込める。

邪な妖精とやらにかけられた呪いが、千影の愛の告白によって解けたことを祝して、城で催されたのは盛大なパーティなのだが、真相すべて打ち明けられた少年の顔には、喜びの欠片も見受けられない。

当然だ。

確かに歌音から彼らが呪いを受けているとは聞いていたが、事の仔細は知らされていなかったのだ。

城の外観ごと、呪いによって変えられていたことも。

薔薇が散るまでという、期限があったことも。

何より、魔王ではない真昼が何者であるのかも。

「領主って……どういうことですか」
「言葉の通りだ」

何度目になるか知れないやり取りを、傍らに立つ男に再び投げる。

元の姿に戻った真昼だが、もともと華美な服装は好まないのか、魔王のときと変わらず黒を基調とした礼装に身を包んでいる。

あの二人きりの舞踏会で見た燕尾服姿と同じく、非常に似合っており魅惑的だ。

対する千影も、今度こそ笑顔の綾瀬に負けることなく、男性用の礼装を着用できた。

細身のデザインで、少々飾り気が多いがドレスよりはずっといい。

フリルのついた袖を持ち上げて、千影はこめかみに手を当てた。

「言葉の通り、じゃないですよ。この辺りの領主様ってことは、中央の王族じゃないですか。こんな辺鄙な場所じゃなくって、さっさと都に戻った方がいいでしょう」

一地方の領主と言うだけでも驚くが、ここ近辺の土地は国を治める王家の嫡男の領地だ。

本来ならば中央の王城に拠点を置き、こちらは療養や避暑程度に使う保養地だろう。

呪いをかけられたために王城へ戻れなかったのだとしても、今はすっかり元の通り。

第一王子は病に伏している、という噂もあるくらいなのだから、すぐにでも都へ帰還して、正統な王位継承者としての存在感を回復するべきである。

だが真昼は、千影の忠告に返事をすることなく、髪を撫でて来る。

さらさらと感触を確かめるような手つきの、あまりの優しさに顔が熱を持つ。

叩き落としたい気持ちと、このままがいいという気持ち。

二つを天秤にかけた少年は、本音が傾くのを知っていた。

「……誤魔化すつもりですか?」
「誤魔化されてるのか?」
「質問してるの、俺なんですけど」

からかう風に問い返されて、顔を顰める。

仮面は剥がれたし、彼の背景も教えてもらったけれど、今一つ真昼がどうしたいのか分からない。

彼は、立場のある人間だ。

千影が傍にいていい相手ではない。




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