所謂「感動シーン」にはまったく似つかわしくない、間抜けなセリフであることは重々承知しているが、言わずにはいられなかった。

在るべきものが、在るべき場所に、完璧な形で配された秀麗な容姿を持つ男。

彼は、真実この姿を持っていて、千影に「醜いか」と訊ねたのだ。

あの時は魔王の姿だったが、それでも口にしていい質問ではない。

ふざけるなと文句を言いたい。

「美形なら美形って言っといて下さいよっ、本当、戸惑うだろう!?」
「……意味が分からない」
「だからっ、醜いとか思ってなかったけど、と言うか、美形の部類に入ると予想してはいたんだけど。そのレベルの顔だとも思ってなかったから、同一人物って認識するのにちょっと時間が……」

混迷する思考を落ちつけるのに必死だと言うに、当の男は呆れた風に嘆息をした。

千影にとっても不本意な動揺なのに、元凶がその態度とは聊か腹が立つ。

疲れた顔で乱れた漆黒の髪をかき上げる男を、睨みつけようとしたら、一瞬早く彼がこちらを見据えた。

「顔が良かろうと悪かろうと、俺は俺だ」
「あ……」
「仮にお前の見目がどれほど野暮ったくなろうと、俺はお前を好きだと言う」
「……」
「愛していると、何度でも言う」

誠実な音色が、真っ直ぐに届く。

重要なのは姿形などではなく、己が己であること。

器がどれほど変わろうと、内側にあるものが変わらなければ、問題など何もない。

恋をした相手に、違いはない。

「千影。お前はどうなんだ」
「っ、貴方と……真昼と一緒ですっ」

石さながら固まっていた四肢が、解き放たれたようにあっさりと動いて、千影は座り込む男の胸へと飛び込んだ。

勢い余って二人共倒れ込みそうになるが、しっかりとした真昼の腕が持ちこたえて、力強く少年の華奢な身を抱きしめる。

密着した温もりに、泣いてしまいそうだ。

感極まって背中に手を回したものの、怪我の事実を思い出し慌てて離す。

奇妙な動作に真昼が眉間に眉を寄せる。

どうやらお気に召さなかったらしい。

「なんだ?」
「いや、だって怪我してるんじゃ……」
「あぁ、治ったみたいだな」
「治るわけないじゃないですかっ」

何を馬鹿なことを。

千影を庇って幾本もの刃を受け止めた背中を、確かに見た。

生温かい血液の感触に、絶望が押し寄せて来たのはつい先ほどのこと。

死にそうだったのはどこの誰だと、若干の怒りを持って、千影はすっかり意識の外に追いやっていた綾瀬たちを呼ぼうと、背後に首を回しかけたのだが。

眼前の男の手に阻止された。

首の後ろを押さえられ、ぐっと引き寄せられる。

吐息の触れ合う距離で、黒曜石とぶつかった。

「あ、の……」
「治った。信じられないのなら、確かめればいい」
「っ……あんまり、話さないで下さい」
「何故だ」

「呼気が唇に触れるからだ」とは、とてもじゃないが言えない。

気付いている男の目の奥には、楽しげな色。

恨めしげに睨むも効果はなくて、せめて距離を作るために身じろいだ。

「あまり動くと、唇が触れ合うぞ」
「だったら、離して下さいっ」
「断る。お前には聞いて貰わなければならない言葉が、数えきれないほどあるからな。聞き終える前に逃げ出されては困る」
「何ですかっ……っそれ」

恥ずかしい。

本当に僅かな隙間しかない状態だから、彼の黒い瞬きの中に自分の顔が映っている。

腰に回されたもう一方の手が、次第に力を増しているために、その申し訳程度の隙間すら狭まっている。

どくんっ、どくんっと。

派手な高鳴りを見せる鼓動が、ぴったりと寄せ合った彼の胸からも響いているのが、せめてもの救いかもしれない。

余裕と愉悦を混ぜた声が、耳朶を舐ぶる。

「薄情だな、もう忘れたのか?お前が言ったんだぞ、「後で聞く」と」
「そ、れはもう、聞いたじゃ……ないですか」
「足りない」
「っ!」
「まったく足りていない」

首の後ろにあった手が、するりと頬を包み込む。

コツンッと額が優しくぶつかって、思わずビクッと身が跳ねた。

「好きだ、お前が好きだ。いくら言っても言い足りない」
「まひ、る」
「約束をしたのはお前だ。迂闊な発言をしたお前がいけない」
「ぁ……」
「俺の傍で、お前はこの先ずっと聞くことになる。愛していると、聞くことになったんだ」

まるで幽閉宣告。

永遠に逃れられぬと口にする。

彼の愛から抜け出せないと音にする。

甘過ぎる、優し過ぎる、幸福過ぎる、幽閉宣告。

「俺の怪我が気がかりなら、背に手を回して確かめていろ。俺は、迂闊なお前に愛を伝える」

魔王のように傲慢に言い放った男は、最後の隙間をゼロにした。

囚われた少年は、逃げ出すはずはないと教えるように、広い背中を強く抱きしめた。




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