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馬に跨り凍てつく宵を裂くも、一向に目指す灯りは見えて来ない。
乱れる呼吸も知らぬ素振りで、千影はぐっと目を凝らし前方を見据えている。
事務所を後にした少年が街の広場に着いたときには、すでに討伐隊は真昼の城へと出発していた。
慌てて手綱を握ったものの、いくら森を北西に進めど討伐隊の影すら捉えられないとは思わなかった。
相手は団体なのだから、そう早くは進めないだろうと油断していたのだ。
彼らを追い抜き、城の人間たちに警告をしたかったのに、これでは間に合わないかもしれない。
予想以上に離されてしまった距離に、馬の走る速度に合わせて焦燥も加速した。
冷気を掠め続ける頬が、ピリピリと痛む。
乾燥した喉も、手袋の内の指先も痛む。
何より頭の奥深い場所が、不安で悲鳴を上げている。
纏わりつく頭痛に堪えるように奥歯を噛みしめたのと、月明かりの注がれた森が途絶えたのはほぼ同時だった。
「はっ……はぁっ……っ」
狼の軍勢にも強固に閉ざされていた城の門扉が、大きく開かれている。
踏み荒らされた雪と、鼓膜に触れた雄叫びに、弾む息が一瞬だけ詰まった。
間に合わなかったのだ。
絶望的な思いが足元から浸食して行く。
だからと言って大人しくしていられるはずもなく、少年は馬から滑り降りると、無我夢中で門扉を潜った。
金属の打ち鳴らされる音や悲鳴で溢れるエントランスには向かわず、中庭へと走る。
綺麗に刈り込まれた生垣を破るように庭へと転がり込めば、枝が皮膚やら服やらを引っ張った。
力任せにそれらを振り切り、使用人用の通用口に手を掛ける。
鍵はかかっていない。
夜遅くとも誰かしら起きているこの城では、作業の支障とならぬように通用口のみ開いていることが多いのだと、歌音との他愛ない会話で教えてもらっていたのだ。
すでに見慣れた廊下を走り抜け、記憶している通りに階段を駆け上る。
バンッと乱暴に扉を開いたのは、二階の談話室。
真昼と共に過ごすことの多かった部屋に人影はなく、あるのは暖炉の前に二つ並んだ一人掛けだけ。
「ま、ひるっ……!」
切れ切れに発したと同時に、千影は再び走り出す。
迷うことなく上階に繋がる階段を選び、かつて迷子になった三階に飛び込む。
偶然にも到達してしまった一件の後、城主自ら案内をしてくれた記憶が蘇る。
侵入者対策として、複雑な構造になっている城の中でも、特別入り組んだ造りをしているフロアを、右へ曲がり左へ曲がり進み続ける。
歌音は心配だ。
綾瀬も逸見のことだって気がかりだ。
けれど、最初に無事を確かめたいのは、彼を置いて他にはいない。
真昼を置いて、他にはいない。
幅の狭い小さな階段が視界に映ったのは、間もなくだった。
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