ダンダンダンッ。

扉を叩き続けるも、事務所の中からは物音一つ聞こえない。

普段ならば鍵を使ってさっさと入っているところだが、今はそれも出来ない。

誰もいないのだろうか。

魔法の鏡で見たときから、いくらか時間は経っているけれど、まだ自分の捜索を続けている可能性もある。

不安と焦燥のままに、派手な舌打ちを落とした。

逸見の先導する馬車に送られ、千影は街へと帰りついていた。

随分と懐かしく感じたのは、城での生活に馴染んでいたからかもしれない。

だが、事務所までの道すがら、奇妙な感覚に陥ったのはそれだけが原因ではなかった。

時計の針は間もなく新しい一日を示す。

それなのに灯りのついたままの家が随分と多く見受けられ、珍しく街全体が起きているのだ。

原因の分からぬ胸騒ぎに駆られ、息を弾ませながら事務所の扉を叩いた次第である。

嫌な予感がする。

早く保護者や友人に無事であることを知らせたい。

そうしてすぐに、あの城へ戻りたかった。

魔王の棲む城へ。

下手に木崎たちを探して行き違いになる訳にも行かず、少年はずるずると扉を背にして座り込むと、凍える気温など知らぬように目蓋を閉じた。

暗闇に浮かびあがるのは、数刻前の記憶だ。

彼らは気付いただろうか。

千影が意図的に残した忘れ物に。

釈放を言い渡されたものの、アレさえあれば少年は再び城を訪れることが出来る。

忘れ物を取りに来たと言って、彼を訪ねることが出来る。

口実さえあれば、後は真剣勝負だ。

また暫く、城に置いて欲しい。

それが駄目なら、時折遊びに来させて欲しい。

千影は直訴するつもりだった。

あれほど望んでいた釈放が叶ったと言うに、自らまた門を潜りたいなんて。

何故か。

理由など千影には分からない。

突き詰めようとすると、何かとんでもないものに行き当たりそうで、今一つ自分の心に踏み込めない。

かと言って何も知らない、分からないわけでもなかった。

はっきりとした想いは確かにある。

真昼の隣りにいたい。

それだけは、間違いなかった。

「千影っ!?」
「え?あ、仁志!」

物思いに沈んでいた少年は、呼ばれた己の名に意識を浮上させた。

直面するのは久しぶりの金髪頭の下で、シャープに整った顔が驚愕に彩られる。

駆け寄って来た友人に、千影は雪を払いつつ立ち上がった。

「てめぇっ、何やってんだよ!」
「ごめん」
「どこ行って……あー、違ぇ。そうじゃなくって……おいオッサン!千影!見つかった!!」

厩舎に向かって大声を出すと、馬の嘶きが夜を打ち抜いた。

ガタガタッと不穏な音と共に猛然と出て来たのは、木崎だ。

こちらを捉えた彼の眼が、信じられぬものを前にしたように瞠られる。

「千影……」
「武文。その、ただいま」

居た堪れない気持ちからポツリと零す少年に、保護者は寸前までの慌てぶりとは打って変わった、ゆっくりとした足取りで歩み寄る。

男の纏った常とは異なる硬質な雰囲気に、威圧感さえ覚える。

思わず俯きかけた面を、ぎりぎりのところで正面に戻すと、相手の真剣な表情がすぐ傍にあった。

彼らにかけた迷惑は、千影の我儘が原因だ。

罪悪感で押し潰されそうだとしても、目を逸らしてはならない。

「武文、仁志」
「……」
「心配をかけて、本当にすいませんでした」

深く腰を折って告げるのは、心からの謝罪。

現実を放棄し思考を止めた千影を、懸命に捜索してくれた二人に、万感を込めた謝罪を告げる。

少年の言葉は、足元に敷かれた雪の絨毯に吸い込まれ消えて行く。

シンッと周囲が時刻に見合った静けさに浸されても、頭は上げなかった。

軽い衝撃を後頭部に感じるのは、数拍の後。

弾かれるように顔を上げれば、月光を背に受けた木崎が、複雑な表情で頭を撫でていた。

サラリと指で梳かれる感触に、張り詰めていた気持ちが緩みそうだ。

「武文?」
「……帰って来てくれたなら、それでいい」

微笑みを浮かべているのは口元ばかりで、彼は苦しげに眉を寄せている。

ぶつかった眼には寂しげな色が窺えて、ツキリと尖った痛みが少年の弱い個所に刺さった。

「……ごめんなさい」
「心配したぞ。依頼から帰って来たら、留守番しているはずのお前がいないんだ」
「ごめん」
「アキに話聞いたら、随分前にシストに行ったって言うし」
「……」

ついと離れた位置の友人を見れば、肩を竦められる。

「まさか、まだ戻ってないとは思わねぇだろ……。おっさんからお前の行方聞かれて、本気でビビった」

「悪い。迷惑かけた」
「アホ、迷惑じゃねぇよ。さっき自分で言っただろ」
「……心配かけた」
「そっちだ、そっち」

呆れたような嘆息は、優しい。

未だに頭から動かぬ木崎の手が、千影の滑らかな髪を滑り、片頬を包んだ。

身を屈めて瞳を覗き込まれ、仁志から意識を離して促されるままに視線を結ぶ。

甘く微笑む木崎から感じられたのは、やはり安堵と同じだけの寂寥感だった。

「次にどこかへ行くときは、ちゃんと行く先を教えてくれ」




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