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SIDE:野獣
以前は頻繁に夜会が開かれていた広間が、本来の用途で使われたのは、どれくらいぶりだろう。
首元を締め付けるタイの感覚も懐かしく、礼装すら久しいのだと驚いた。
煌々と灯りを灯した室内には、すでに晩餐の準備が整っている。
後は、今夜ただ一人のゲストが現われるのを待つばかり。
千影が招待を受けてくれたと知ったとき、真昼はようやく自分たちの関係が変化したのだと確信できた。
最初の誘いから、今日まで。
決して短くはない時間が経過したけれど、二人の間に横たわっていた溝を埋めるには必要だった。
むしろ、埋められたことが奇跡だ。
己の無体を忘れるわけではないけれど、今は体中を支配する幸福に流されてしまいたかった。
「真昼、待ち人が来たみたいだよ」
メイドから報告を受けた綾瀬の言葉に、ホールに佇む男は来客の入場に使用される、階段上の扉へ視線を向けた。
少々緊張した面持ちで、目を扉に固定したまま頷く。
観音開きの両側に立った使用人が、合図を受けてゆっくりとドアを開いた。
「っ……」
現われた人物に、瞠目した。
その麗人は夜色を纏っていた。
深みのある群青色が上品な光沢を放ち、艶めかしい白い肌と見事なコントラストを作り上げている。
露わになった肩は細く、薄い胸元には共布で造られた薔薇のコサージュが添えられている。
マーメイドラインで強調された細い腰、その背面から裾にかけて流れるように広がる幾重にも重なったトレーンが、華やかさを演出していた。
穏やかな色合いの茶髪は、両サイドの髪が後ろへと流され、耳元で輝く雫型のイヤリングと、すっきりとした輪郭から首筋を見せつけており魅惑的だ。
同性であると承知していても、見惚れずにはいられない美しさ。
華美過ぎるでもなく、本人の持ち得る魅力を存分に引き出す、無駄のない端麗な装い。
夢見心地で陶然と見つめていた男は、困ったような千影の瞳とぶつかり、ようやく正気に返った。
逸る気持ちを理性で捻じ伏せ、余裕を保って階段を上って行く。
中ほどで立ち止まり、手を差し伸べた。
「お手をどうぞ」
「……どうも」
肘上まである手袋に覆われた指先が、そっと己の掌に重なれば、目の前の存在が己の生み出した幻ではないと実感した。
ぎこちなくエスコートを受ける少年は、恥ずかしいのか顔を俯ける。
女装をする機会などそうないだろうから、彼の態度は十分理解できるけれど、麗しい姿に恥じるべき点など一つとしてない。
「よく、似合っている」
純粋な気持ちで、囁いた。
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