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心持が悪い。
居心地も悪い。
ヒールは低いが履き慣れない靴、華麗ながらも動きにくい衣装、耳元で揺れるジュエリーの重み。
すべてが初めての感覚で、どう振る舞えばいいのかさっぱり分からず狼狽する。
鏡に映った己の姿を思い出せば、今すぐ部屋に閉じこもってしまいたいくらいだ。
しかしながら、時計の針は夜を示した。
一度受けると決めた以上、約束を投げ出すつもりはないし、投げ出したくもない。
千影は晩餐会の催される一階の広間へ、逸見の先導のもと向かっていた。
回廊に並ぶ甲冑の間を進む姿は、正しく魔王城へ捕らわれたおとぎ話のお姫様のようだ。
もう間もなく顔を合わせる予定の男のことを考えると、少年の胸の中心は緊張で竦み上がる。
綾瀬に押し切られ、言われるがままに着飾ってはみたものの、仕上がりに自信を持てるはずがあろうか。
出くわす使用人たちが、口々に称賛の言葉を述べてくれても、返せるのは苦笑ばかりだ。
「空気が固いぞ」
振り返ることなく言った逸見に、千影は石化しかけていた顔の筋肉を動かした。
「これで普段と変わらなかったら、俺はよっぽどの変人か、物凄い豪胆な人間ですよ」
「なら執事長はそのどちらかだな」
「……変わらないんですか」
「むしろ楽しそうだな」
「小心者ですいません」
「マイナス思考なだけだろう」
あっさりと言い切られて、乾いた笑いが漏れる。
否定は出来ない。
生来から千影は悲観主義に傾きがちで、悩み始めると最悪のパターンを想像したり、自己嫌悪にどっぷりとはまってしまうタイプだ。
しかしながら、今回ばかりは自分の性質とは関係なしに、気落ちしても仕方ないと思う。
広間へなど、着かなければいいのに。
儚くも切実な願いは、間もなく到着した大扉の前で粉々に砕け散った。
「開けるぞ」
「……はい」
いやです、と言いたかった自分に、往生際が悪かったのだと知る。
逸見が背後に下がると同時に、内側から扉が開かれた。
灯りの乏しい薄暗い廊下に、眩い光りが差し込んだ。
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