◇
SIDE:野獣
部屋に響いたノック音に、デスクにつく男は書類から目を離さぬまま、「入れ」と返事を返した。
広大な面積を持つ城の中で、城主である彼の部屋は意外なほどに手狭だ。
不十分なわけではないけれど、もっと豪奢で広々とした私室を持っていそうなものなのに、真昼は必要最低限のスペースである西の塔に、自分のプライベートな空間を持っていた。
姿を見せたのは、仕事上の右腕も務める幼馴染である。
「どうした」
「はい、手紙が届いていたよ」
「本国からか?」
僅かに顔を顰めれば、相手はたおやかな美貌をおかしそうに崩した。
「違う違う。シノちゃんから」
「……捨てておけ」
「何言ってるの。そんな怖いこと、僕が出来るわけないじゃない」
「どうせ書いてある内容は、前と変わらない」
「心配してくれてるんだよ。もうすぐ、期限が来るから」
窘める穏やかな声音に、口を噤んだ。
仮面の奥にある黒い双眸は、自然と窓辺のテーブルに置かれたガラスケースに流れて行く。
透明な仕切りの内側では、不可思議な魅力を放つ紅が一輪。
以前、勝手に部屋へ入った少年が、指を伸ばした魔法の薔薇。
あのときよりも、ずっと輝きの失われた姿は、見る者の哀れみを誘う。
間もなく訪れるすべての終わりを思い、真昼は吐息を逃がした。
「ねぇ、穂積」
「名前で呼べ」
「千影くんがいないんだから、いいでしょう。真昼なんて、もうずっと呼んでいなかったのに」
「お前は普段から直しておかないと、うっかりあいつの前でも口にするだろう」
「いっそ話しちゃえばいいのに」
「で、なんだ」
明かすことなど出来るはずがない。
本題を促せば、綾瀬も追って来ることはなかった。
代わりに寄越されたのは、意外な質問。
「キミさ、どうして千影くんと一緒に食事しないの?」
「それ、本気で聞いているのか」
平然とした調子の相手に、不機嫌を露わにして問い返す。
「どうして」なんて、訊ねるまでもないだろう。
顔も見たくない。
そう言って晩餐の招待を断られたことを、綾瀬は知っているはずだ。
何しろ、現場に居合わせたのだから。
明確な拒絶を言い渡されて尚、食卓に同席するなど出来ようか。
生憎、自分を痛めつける趣味は持ち合わせていない。
「言ったよね。千影くんはキミのことを待っているって」
「……それはもう、済んだ」
「どういうこと?」
「俺に話があっただけで、用件はすでに終わっている。そうでもなければ、俺を待っているわけがないだろう」
「……」
SIDE:野獣
部屋に響いたノック音に、デスクにつく男は書類から目を離さぬまま、「入れ」と返事を返した。
広大な面積を持つ城の中で、城主である彼の部屋は意外なほどに手狭だ。
不十分なわけではないけれど、もっと豪奢で広々とした私室を持っていそうなものなのに、真昼は必要最低限のスペースである西の塔に、自分のプライベートな空間を持っていた。
姿を見せたのは、仕事上の右腕も務める幼馴染である。
「どうした」
「はい、手紙が届いていたよ」
「本国からか?」
僅かに顔を顰めれば、相手はたおやかな美貌をおかしそうに崩した。
「違う違う。シノちゃんから」
「……捨てておけ」
「何言ってるの。そんな怖いこと、僕が出来るわけないじゃない」
「どうせ書いてある内容は、前と変わらない」
「心配してくれてるんだよ。もうすぐ、期限が来るから」
窘める穏やかな声音に、口を噤んだ。
仮面の奥にある黒い双眸は、自然と窓辺のテーブルに置かれたガラスケースに流れて行く。
透明な仕切りの内側では、不可思議な魅力を放つ紅が一輪。
以前、勝手に部屋へ入った少年が、指を伸ばした魔法の薔薇。
あのときよりも、ずっと輝きの失われた姿は、見る者の哀れみを誘う。
間もなく訪れるすべての終わりを思い、真昼は吐息を逃がした。
「ねぇ、穂積」
「名前で呼べ」
「千影くんがいないんだから、いいでしょう。真昼なんて、もうずっと呼んでいなかったのに」
「お前は普段から直しておかないと、うっかりあいつの前でも口にするだろう」
「いっそ話しちゃえばいいのに」
「で、なんだ」
明かすことなど出来るはずがない。
本題を促せば、綾瀬も追って来ることはなかった。
代わりに寄越されたのは、意外な質問。
「キミさ、どうして千影くんと一緒に食事しないの?」
「それ、本気で聞いているのか」
平然とした調子の相手に、不機嫌を露わにして問い返す。
「どうして」なんて、訊ねるまでもないだろう。
顔も見たくない。
そう言って晩餐の招待を断られたことを、綾瀬は知っているはずだ。
何しろ、現場に居合わせたのだから。
明確な拒絶を言い渡されて尚、食卓に同席するなど出来ようか。
生憎、自分を痛めつける趣味は持ち合わせていない。
「言ったよね。千影くんはキミのことを待っているって」
「……それはもう、済んだ」
「どういうこと?」
「俺に話があっただけで、用件はすでに終わっている。そうでもなければ、俺を待っているわけがないだろう」
「……」
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