窓の外で再び雪がちらつき始めたのは、その日の夜だった。

淡く儚い粉雪が、はらりはらりと重く冷たい色の宙を舞って行く光景を、ぼんやりと眺める。

せっかく昼間に雪かきをしても、この時期では一晩で元通りだ。

明日こそ最後まで手伝いをしようと考えていた千影は、背後からかかった声に意識を浮上させた。

「真昼くんは、優しいでしょう」
「え?」

突然の言葉に驚いて振り向けば、ベッドメイクをしていた歌音が、ふわりと微笑んだ。

同席者のいない夕食を終え自室に戻る折には、いつも歌音が着いて来て、就寝までの時間を専属の使用人のように世話してくれる。

この城に来てから、もっとも多くの時間を共にしている彼とは、随分と親しくなっていて、本音を漏らせる貴重な存在にもなっていた。

「分かり難いけど、いい人なんだよ」

続けた相手と目を合わせる。

ここ数日、可能な限り城主と共にいる自分に、何かしら感じ取ったのかもしれない。

疎んじ避けていた千影の心境変化を、喜んでいるようにも見える。

千影は窓辺から離れると、テーブルの上のティーカップに手を伸ばした。

鼻先を撫でる湯気とベルガモットの香りに、唇が緩んだ。

「分かります」
「うん」
「優しい人だって、よく、分かりました」

真昼の優しさは、屋外で舞い踊る雪のように、少しずつ。

そうして確実に少年の中に積もっている。

繊細な結晶が放つ輝きは、どれも心を震わせるものばかりだ。

本物の雪と異なるのは、その眩さは簡単に溶けることがないという点だろう。

一日が過ぎるごとに彼の人との距離は縮まり、柔らかな想いが積もって行く。

穏やかでありながら緊張をもたらす、真昼との語らい。

安堵を抱くのに胸がざわめく、真昼との時間。

早く事務所に帰らなければならないと、分かっているのに。

保護者も友人も心配を始めるころだと、分かっているのに。

まだ、帰りたくない。

ここにいたい。

すぅと浮かび上がった己の本心に、千影は息を詰めた。

紅茶の水面に波紋が生まれる。

「僕たちが」
「えっ……」

物思いに沈んでいた意識が、控えめな声で我に返った。

失念しかけた現実に、目を瞬く。

「僕たちがどうしてこんな格好をしているのか、前に聞いてくれたよね」
「あ、はい。」

こちらの様子に気付いるのかいないのか、歌音は愛らしい面を覆う左半分だけの仮面に手指を這わせた。

澄んだ湖を思わせる瞳が、少年の戸惑う視線を受け止める。

「これはね、呪いなんだ」
「呪い、ですか?」
「うん、呪い。僕たちの顔に張り付く仮面はね、自由な意志では取り外せないんだよ」

予想もしない話に、眉間がしわを刻む。

自分で外せない仮面とは、一体どういうことだ。

やはり最初に考えた通り、主人の趣味なのか。

獣耳や尻尾も含めて、強制的につけさせられているのかもしれない。

城主の内面と付き合い始めた今となっては、大いに意外なのだけれど。

考えが顔に出ていたらしく、歌音は困ったような笑みになった。

「真昼くんの命令じゃないよ。彼も僕らと同じ、呪いの被害者だ」
「すいません、よく意味が分からないです」

命令でないと言うのならば、どうして外せないのだろう。

しかも、真昼も同じ呪いを受けているなんて。

歌音はこちらの正面にまで歩いて来ると、そっと千影の手を取り、自分の頭上で揺れる兎の耳へと誘った。

好奇心はあれど、今の今まで触れたことはなかった獣耳。

生温い体温と、作り物とは思えぬ感触に、思わず手を引っ込めた。

「え……え?」

驚愕と混乱が脳にぶつかって来たようだ。

今にも到達しそうな解答を、俄かには信じられない。

真っ白な兎の耳と、感覚の残った己の指先を見比べれば、眉尻を下げた歌音が口を開いた。

「本物なんだ。耳も、尻尾も。綾瀬くんも、逸見も……真昼くんの角も」
「や、だって、そんな、本物って……」

ドクンドクンと全身を駆け巡る大きな鼓動。

血の廻りがスピードを上げている。

目を見張り上ずった声を出す少年を、碧眼は少しだけ辛そうな色で映していた。

「僕らは呪いをかけられた。城も、使用人も、ご主人様も。邪な妖精に呪いをかけられたんだよ」




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