狼に追われ已むなく城に入っただけで、幽閉に処された。

脱出方法の発案にかまけて部屋に閉じこもっていたら、食事を禁じられた。

理不尽なことばかりされている。

それは間違いない。

でも、彼は優しい人かもしれないと、思えた。

本当に囚人扱いをするのならば、あんなに立派な客室を与える必要はない。

本当に囚人扱いをするのならば、気分転換のための晩餐会など開く必要はない。

意地を張る千影を心配して、綾瀬たちに食事を用意させたのは、頑なに真昼を拒むこちらの内面を慮ってのことだ。

初対面は無茶苦茶だったし、気遣う方法も不器用だけれど、真昼の優しさの片鱗は確かにあった。

だから、言いたかったのに。

言わせてほしかったのに。

命令に反した挙句、彼の領域に土足で入り込んでしまった。

「後悔」の二文字が雪崩となって襲い来て、千影はなす術もなく埋没する。

完全に自意識に沈んでいた。

低い唸り声で現実に引き戻されたときには、すでに数匹の狼が馬の後ろ脚に噛みつけるほどに接近していた。

「っ!?」

しまったと思っても遅い。

主人の動揺を受け取った馬は、高い嘶きと共に暴れ出す。

「ちょっ、待て、落ち着け!」

宥めようにもすぐ後ろに獣の群れがいては、そんな余裕もない。

取るべき行動を迷った途端、横から飛び出して来た新たな一匹に驚いた馬が、前足を高く上げた。

咄嗟のことに対応し切れずに、千影は呆気なく雪の上に投げ出された。

辛うじて受け身はとれたものの、瞬間的に息が詰まる。

「っかは!」

落ち着くのを待ってくれる、行儀のよい連中ではないと理解しているが、すぐに体勢を立て直せるわけもない。

乗り手を置いて遠ざかって行く馬のシルエットを、霞む視界に映しながら、千影は己を取り囲む狼たちの群れに死を覚悟した。

もう駄目だろう。

寒さで動かなくなった身体では、逃げようもなかった。

友人の金髪が脳裏に浮かび、保護者の煙草が続いて、最後に登場したのは直前に見た黒い双眸。

傲慢魔王が走馬灯に入って来ることに、唇が笑みを滲ませた――

「千影っ!」

鼓膜を打ったのは、己の名前。

まさか。

聞き覚えのある凛とした声音に、ドクリッと心臓が音を立てる。

信じられぬ思いで慌てて声の方向に首を廻らせる間に、肩口すれすれを何かが飛んで行った。

冬の寒気よりも尚冷たい殺気を纏ったものの正体は、馬上の男が構えるそれにより発覚した。

弓矢だ。

「そこを動くなっ」

動けば鏃の餌食なのだから、言われずともだ。

自分が標的にされているのではないかと、疑ってしまうほど近くを何本もの矢が疾駆する。

救済者の腕前は素晴らしく、一本たりとも狙いを外していない。

弓を引くたびに肉を穿つ気配が感じられ、その正確無比な猛攻に怯んだ狼たちは、威嚇しながらも獲物から離れざるを得ない。

千影と狼を隔てる弓矢のバリケードが出来上がるや、彼はこちらへと黒馬を走らせた。

一直線に突っ込んでくる意図を察し、自ら手を伸ばす。

左腕一本で腰を掬われ馬上へと引き上げられた。

「真昼さ……」
「口を閉じていろ」

真昼の腕の中に守られるような体勢に戸惑いを覚えるも、悠長に話している暇はない。

一度は怯んだ狼だったが、こちらが逃走を開始するや勢いを取り戻し、牙を剥きだして追って来るのだ。

二人分の体重にも負けず闇色の馬は風を切るが、敵勢の俊足を振り切る速度には至らない。

群れの先頭を走っていた一匹が飛びかかるのを合図にして、一気に攻撃が開始された。

「振り落とされるなよ」

真昼は片手で手綱を握り、もう一方で腰の鞘から剣を引き抜くと、襲いかかる猛威を薙ぎ払う。

華麗な剣技によって薔薇のように赤い血飛沫が雪を染める様を、千影は傍観するばかりだ。

ギャンッと痛みに喘ぐ獣声に、無事な狼たちの敵意が煽られる。

援軍を求める遠吠えが、吹雪の森に響き渡った。

いくら真昼の馬術や剣術が優れていても、今の状況で凌ぐのが精いっぱいなのだ。

これ以上、狼に増えられては不味い。

こちらの焦りを察知したのか、敵は先に進ませまいと馬の足に噛みつこうとする。

頭の上で落とされた舌打ちに、絶体絶命を悟った。

前方から飛んで来た幾本もの矢が、群がる狼たちを射抜いたのは、真昼が剣に食らいついた狼を吹き飛ばしたとき。

何が起こったのだと劣悪な視界をよくよく見た千影は、城を背景に立つ一つの人影を発見した。

いつもの執事服の裾を暴風ではためかせ、驚くほど怜悧な眼光を瞳に宿らせているのは、鼻から下を瑠璃の仮面で隠す逸見だ。

揺れる犬の尻尾や耳も、このときばかりは格好よく見える。

「援護しますっ、早く門の中へ!」

まさか。

聞き覚えのある凛とした声音に、ドクリッと心臓が音を立てる。

信じられぬ思いで慌てて声の方向に首を廻らせる間に、肩口すれすれを何かが飛んで行った。

冬の寒気よりも尚冷たい殺気を纏ったものの正体は、馬上の男が構えるそれにより発覚した。

弓矢だ。

「そこを動くなっ」

動けば鏃の餌食なのだから、言われずともだ。

自分が標的にされているのではないかと、疑ってしまうほど近くを何本もの矢が疾駆する。

救済者の腕前は素晴らしく、一本たりとも狙いを外していない。

弓を引くたびに肉を穿つ気配が感じられ、その正確無比な猛攻に怯んだ狼たちは、威嚇しながらも獲物から離れざるを得ない。

千影と狼を隔てる弓矢のバリケードが出来上がるや、彼はこちらへと黒馬を走らせた。

一直線に突っ込んでくる意図を察し、自ら手を伸ばす。

左腕一本で腰を掬われ馬上へと引き上げられた。

「真昼さ……」
「口を閉じていろ」

真昼の腕の中に守られるような体勢に戸惑いを覚えるも、悠長に話している暇はない。

一度は怯んだ狼だったが、こちらが逃走を開始するや勢いを取り戻し、牙を剥きだして追って来るのだ。

二人分の体重にも負けず闇色の馬は風を切るが、敵勢の俊足を振り切る速度には至らない。

群れの先頭を走っていた一匹が飛びかかるのを合図にして、一気に攻撃が開始された。

「振り落とされるなよ」

真昼は片手で手綱を握り、もう一方で腰の鞘から剣を引き抜くと、襲いかかる猛威を薙ぎ払う。

華麗な剣技によって薔薇のように赤い血飛沫が雪を染める様を、千影は傍観するばかりだ。

ギャンッと痛みに喘ぐ獣声に、無事な狼たちの敵意が煽られる。

援軍を求める遠吠えが、吹雪の森に響き渡った。

いくら真昼の馬術や剣術が優れていても、今の状況で凌ぐのが精いっぱいなのだ。

これ以上、狼に増えられては不味い。

こちらの焦りを察知したのか、敵は先に進ませまいと馬の足に噛みつこうとする。

頭の上で落とされた舌打ちに、絶体絶命を悟った。

前方から飛んで来た幾本もの矢が、群がる狼たちを射抜いたのは、真昼が剣に食らいついた狼を吹き飛ばしたとき。

何が起こったのだと劣悪な視界をよくよく見た千影は、城を背景に立つ一つの人影を発見した。

いつもの執事服の裾を暴風ではためかせ、驚くほど怜悧な眼光を瞳に宿らせているのは、鼻から下を瑠璃の仮面で隠す逸見だ。

揺れる犬の尻尾や耳も、このときばかりは格好よく見える。

「援護しますっ、早く門の中へ!」




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