勝手に城に入っただけで幽閉するくらいの男だ。

服従が前提にある使用人たちが、揃いも揃って己の命に逆らったとなれば、一体どんな無体を働くか考えるだけで不安になる。

この優しい執事たちの身に、千影のせいで怒りが降り注ぐのは嫌だった。

与えられた温もりを、何の考えもなしに受け取ってしまった自分を後悔する少年は、対面にある三つの瑠璃の仮面が、虚を突かれたふうに目を瞠っていたことには気付けなかった。

数拍の時間を置いて返答をしたのは、綾瀬だ。

「……千影くんは、優しいね」
「え?」
「大丈夫。このこと、真昼は知っているから」
「はい?」

今、彼は何と言っただろうか。

思いもよらない発言を聞いた気がして再度問いかけるも、帰って来た言葉の中身は千影の耳が正常であることを教えるばかり。

「だからね、キミが食事をとったことを、真昼は知っているんだ。というか、真昼にそれとなく頼まれたと言うか……あ、間違えた。これやっぱりなしね」

「なし」と言われても手遅れだ。

何がどうなっている。

晩餐会を断った千影に食事を禁じたのは、他でもない真昼自身。

しかし、腹を空かしている千影に食事をさせるよう言いつけたのも、また真昼だなんて意味が分からない。

矛盾しているではないか。

綾瀬の口ぶりからして、指示を出した犯人を明かしてはならなかったのだと察せられる。

なぜ、口止めをしてまでこちらを救うようなことをしたのだろう。

混乱する頭を落ち着けようにも、衝撃が強過ぎて不可能だった。

「お前が引きこもっていたからだ」
「逸見、説明不足って分かっているでしょう……」

意図的に簡略化されたセリフに嘆息をすると、歌音がこちらに向き直った。

「あのね、真昼くんは心配していただけなんだ」
「心配、ですか?俺を?」

俄かには信じられない。

そもそも千影を囚人にしたのは誰だというのだ。

隠しようもない疑念に、相手の苦笑が強くなる。

「千影くん、この城に来てからずっと、自分の部屋から出なかったでしょう?真昼くんはそれが心配で、あんな無茶を言ったんだ」
「……」
「どうして君を幽閉してしまったのかは分からないけれど……。ずっと部屋に閉じこもっていたら良くないと思って、晩餐会っていう名目で気分転換をさせようとしたんじゃないかな」

誰の話しをしているのだろう。

思ったところで仕方ない。

語られる人物像は、大凡千影が持っている真昼のイメージとはかけ離れたものなのだから。

にも関わらず、「冗談ですよね」と言えない自分がここにいる。

城に来てからこちら、細かいところまで気を配ってくれた真面目で優しい歌音が、嘘をつくはずがないことも。

取り繕った体面に惑わされるわけがないことも、千影はもう知っていた。

だから、これは真実なのだ。

紛れもない、事実なのだ。

「ほ……真昼はねぇ〜、ちょっとって言うか、かなり分かりづらい性格しているから。素直じゃない上に、根性ねじ曲がっているんだよね」
「綾瀬くん……」
「晩餐への招待だって、お前の部屋まで来ていたんだろう。気にかけていた良い証拠だ。最初があぁだったから、態度を改めるわけにもいかなかったんだ」
「そうそう!八つ当たりで幽閉なんかしちゃったけど、無駄に真面目なせいで今更ごめんねとも言えないんだよ」
「逸見、綾瀬くんを乗せないで」

交わされる執事たちの話しに、凝り固まっていた魔王への怒りが溶けて行く。

部屋から出ずに塞ぎ込むこちらを案じ、どうにかして外へと連れ出そうとした。

「脱出計画を練ってただけなのに……」

非情な処罰を言い渡したのも、そのため。

「火に油注いだだけだっての」

頑なに部屋から出ようとしない千影の身が不安になって、自分は姿を現さずに食事を取らせた。

「顔も見たくないって、言ったからな」

もしかして、真昼は。

千影が思うよりもずっと、優しい人なのではないだろうか。

懐深い人なのではないだろうか。

だからこそ、綾瀬たちも仕えているのかもしれない。

綾瀬の好き勝手な言い分を煽る逸見に窘める歌音。

随分と気安い調子で主人について話す彼らには、少年の小さな独白は届いていないらしい。

千影は静かにスプーンを置いた。

「あの」
「ん?あっ、ごめんね。うるさかったね」
「いえ、そうじゃなくて……。あの人に伝えて下さい。俺、明日からここで食事しますって」
「千影くん?」

仮面に隠れていない半分の顔に、訝しげな表情を乗せた綾瀬へ、はっきりと告げる。

必ず伝えて欲しいから。

「貴方が来るのを、待っていますって」

向かい合った紅茶色の瞳が見開かれて、次で嬉しそうに細くなった。

顔を合わせて言いたい言葉がある。

疎み拒絶した漆黒に、すぐにでも会いたかった。




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