おとぎ話のはじまりは。




それは雷鳴の唸る嵐の夜のことでした。

緑濃い森の奥深く、聳える尖塔を戴いた白亜の城の扉を、叩く者がおりました。

目深に被ったフードで顔を隠したその男は、何用かと顔を出した城の執事にこう言いました。

――嵐のせいで、道に迷ってしまいました。寒さと飢えで死んでしまいそうです。どうか一夜の宿をお願い出来ませんか。

見るからに怪しげな風貌の男を執事は訝しく思いましたが、あまりに不憫な境遇に扉を閉ざすことも出来ず、城の主である王子の元へと向かいました。

王子はすぐに迷い人の待つ扉へ下りると、風雨に曝されくたびれた姿の男に優しく問いかけました。

――旅の方、なぜこの森にやって来たのです?帰る家が御有りでしたら、そこまで馬車で送らせましょう。

――い、いいえ。お縋りする立場でそこまでして頂くわけには参りません。ただ、一晩だけ泊めて下さればこの身は狼の餌にならずに済むのです。

――ですが、それではご家族も心配されるでしょう。近くの街まででしたらそう離れてもいない。どちらにお住まいですか?

――そ、それは……。いやいや!私は旅の者、帰る家はここよりずっと遠くの街。気にかける家族も持ちません。もし泊めて頂けるのでしたら、どうぞこの薔薇の花を受け取って下さい。

旅人は慌てた様子で、マントの下から見事に咲いた一輪の赤薔薇を差し出しました。

美しい薔薇を目にした王子は、もう一度ゆるりと微笑みます。

穏やかなその態度に旅人がほっと肩から力を抜いたとき、王子は口を開きました。

――朝から空模様は怪しかった。何の対策もせず森に踏み入った愚か者の顔が、どんなものかと見に来たが、想像以上の不審感だな。命は取らずにいてやる、即刻この城を去れ、虫けらが。

冷然とした眼差しと口元に刻んだ形だけの微笑みに、迷い人の男は言葉を失いました。

受け取られることのなかった薔薇を持つ手は、ぶるぶると震えます。

やがてフードの下から覗いた眼は、憎々しげな輝きを放っておりました。

――不幸に見舞われた者に、憐れみどころか追い打ちをかけるとは、人の風上にもおけない。お前に人の心はあるというのか!

早くも城内に戻ろうとしていた王子は、投げつけられた非難に顔色を変えるどころか、こともなげに言い返しました。

――不審者を泊めるはずがないだろう。足りない知恵を絞って、次はもっと上手くやるといい。それまで生きていればの話しだが。

嘲笑すら含んだセリフは、迷い人の怒りに油を注ぐ結果となりました。

疲弊しきっていたはずの男がマントを脱ぎ棄てると、現われたのは一人の妖精だったのです。

聊か年齢を重ねている上に、王子よりも長身の美丈夫には、「妖精」という二文字はまるで似つかわしくはなかったものの、それでも自称「妖精」は言いました。

――心貧しき傲慢な王子よ。人を見かけでしか判断できぬお前には、いっそ悲しみさえ抱こう。

――見かけと言うよりも、お前の挙動不審な態度に警戒したまでだ。

――そうかそうか、やはり私のやつれた風貌にばかり囚われていたのか。

厳かな宣告を下す妖精は、何故か白けた目をした王子に対して、こう続けます。

――慈悲も慈愛も持たぬお前の内面は、人間と言うよりも「獣」と称するが相応しい。心に見合った姿となり、己のあり様を深く悔いるがいい。

妖精が手にした薔薇を一振りするや、白亜の城は黒雲にも似た暗い輝きに包まれ、その闇は王子や傍らに控えた執事にまで纏わりつきました。

瞬きの間に王子たちの全身を覆い隠した闇が消えたとき、城は元より王子たちの外見はすっかり変貌していました。

それは妖精のかけた呪いだったのです。

妖精は王子に薔薇を押しつけながら言いました。

――王子よ、この薔薇の花びらが、完全に散り落ちてしまうまでに、お前が心から誰かを愛し、そうして愛されなければ、お前たちが本来の姿を取り戻すことは、永久にないだろう。




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