「ご列席の皆さま、ようこそお出で下さいました。今宵はどうぞ、心ゆくまでお楽しみ下さい!」

司会者の挨拶に、会場からは盛大な拍手が巻き起こった。

車輪付きの檻に入れられたまま、舞台袖へと移動させられた千影は、他の出品される者に混じって、その歓声を聞いていた。

軽妙な喋りで客の興奮を煽り、購買意欲を焚きつける司会の口上と共に、ステージに注がれる強い光が、こちらにまで差し込んでくる。

「まずは最初の商品をご紹介致しましょう、アルビノの少女!」

ギッと音を立てて、前方にあった檻が屈強な男に押されて行く。

客席のざわめきが一挙に強くなった。

「ご覧ください!初雪のような白い肌、白い髪。紅玉よりも紅い瞳は未だ無垢のままです。年齢は十一歳。貴方色に染めるもよし、剥製にするもよし、五百からお願い致します!」

入札開始と同時に、次々と声が上がった。

ここからでは様子を窺うことは出来ないけれど、熱気は伝わって来る。

「六百、六百七十、七百五十、おぉ!八百出ましたっ。八百、八百、これ以上はいらっしゃいませんか?では八百で落札でございます!おめでとうございます!」

何が「おめでとうございます」、なのかさっぱり分からない。

度外視された人権、傲慢な欲求、崩壊した良心と倫理観。

絶対的上位の立場から、商品となった人間を物のように評価し売買をする。

一種独特の狂気さえ感じられて、眩暈がしかけた。

いけない。

空気に翻弄されては、失敗してしまう。

チャンスはたったの一度きりなのだ、何を思ったとしても今は耐えなければ。

唇に歯を当てどうにか理性を保っている内に、所せましと並べられていた檻は数を減らし、ついに己の入ったものだけになった。

「皆さま大変長らくお待たせ致しました!次にご紹介するのが、本日の目玉にして最後の商品っ。先日この街で興業を始めるや、その美貌と卓越した演技から瞬く間に話題をさらって行った、奇跡の舞姫―――千影っ!」

一際大きなざわめきに迎えられ、千影は檻ごとステージへと引っ張りだされた。

溢れるほどの光量に、瞬間的に目の前が白くなる。

思わず瞳を眇めれば、司会の大仰な説明が聞こえた。

「どうでしょう、この美しさ!滑らかな肌、しなやかな身体、蕩けた茶色の髪と大きな瞳。見目麗しくも、まだ何も知らない清い身でございます。踊り手としての技量は、皆さま御承知の通り!」
「お、おい、本物なのか!?」

困惑したような問いかけは、会場全体の声だったようだ。

これほどの有名人が出品されることなど、ほとんどないのだから、疑問は当然と言える。

疑いの眼を注がれて、ようやく目の前の光景を把握出来るようになった少年は、胸中だけで笑みを零した。

「おやおや、皆さま疑っていらっしゃるご様子。私どもは正真正銘の「千影」を出品しております」
「本人だという証拠がどこにある!?」
「そうだっ、千影は一座にいるんじゃないのかっ?」

食ってかかる口調の者に先導されるように、客席には一気に不信の空気が流れ始めた。

安く買い叩こうという魂胆なのだが、人身売買の市場など初めての千影は、ただ彼らの不満がさらに加速するのを期待するだけだ。

混乱の様相を呈した会場だったが、司会の男は然程困った素振りも見せず、声が緩んだ絶妙のタイミングで口を開いた。

「長く続いて参りましたこのオークションで、私どもが商品の仔細を偽ったことはございません。ですが、信用できない方のために、こうしてはいかがでしょう?」

ピタリと野次の治まった会場をぐるりと見回して、司会は得意げな様子でにんまりと口端を持ち上げた。

「彼の所属します「シェヘラザード」の人気演目、「七宵御伽」。明日の第六夜の演技を今ここで舞うと言うのは?それが、彼が「千影」本人であるという、何よりの証明ではないでしょうか」

その提案に、客席から湧き上がったのは割れんばかりの拍手。

彼らの多くは、シェヘラザードの見世物小屋に足を運んでいたらしく、まさかここで今夜の続きを目にすることが叶うとは嬉しい驚きだ。

客を味方につけた司会は、意気揚々と千影の檻の前までやって来ると、格子越しに無骨な銀の鍵を見せつける。

千影は警戒心の仮面で本音を隠し、鋭く睨み上げた。

「どうかな、囚われの舞姫?ここで第六夜を踊ると約束すれば、外に出られるけど」
「あなたのお仲間にも言ったけど、俺の舞は安くない」
「そのお高い舞を支払えば、このケージから出られるのに?いいの?」
「……鍵を開けろ」
「そうこなくっちゃ」

にこっと人懐っこい笑顔になった相手は、少年が首肯するやすぐさまカチャリと鍵を回し、鈍い音を立てて扉を開いた。

柵に頭をぶつけないよう、慎重に舞台へと降り立った少年の耳に、司会は小さく囁いた。

「俺が仲間から聞いたのは、第六夜の主役は王と妃の二人ってことくらいだ」
「え?」

思いもがけない内容に、つい彼を仰ぎ見た千影に構わず、男は檻を舞台から掃けさせると、早々に司会台に戻ってしまった。

どうして彼が、六夜の物語を知っているのだろう。

七宵御伽の魅力の一つは、主人公の二人の内、どちらの立場で物語が上演されるのかが明かされない点である。

次はどちらの視点で話しが進み、どちらの心内が描かれるのかを、観客は期待しながら舞台へと通うのだ。

これまでの巡業をしたいくつもの街で、七宵御伽は披露しているから、司会の男の仲間が過去に観たことがあっても不思議ではない。

けれど、千影は引っ掛かりを覚えずにはいられなかった。

頭の奥をちらりと掠めて行った一つの予想に、まさかと否定する。

あり得ない、そんなはずはない。

いくらなんでも行動が早すぎる。

千影の考えを裏切ったのは、舞台袖から流れ始めた耳慣れた楽の音だった。

繊細な響きを丁寧に織りあげた音色は、誰もの心にするりと入り込む。

「それでは皆様お待ちかね、千影が舞います「七宵御伽」。切ない恋の葛藤を、とくとご堪能下さいませ!」

驚愕に打ちのめされても、口上が終わると共に自然と身体は動き出す。

指の先まで行き渡った踊り子としての血が、意識せぬところで四肢を操る。




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