座長の人を見る目は確かだ。

それゆえ、表面を繕っているだけの相手には、一かけらだって本音を明かさず、始終作りものの己で通してしまう。

その彼が滸を受け入れた態度を取ったことで、千影も僅かにあった身の強張りを解いた。

「俺たちも、心配ではあるんです。千影は踊り子の前に家族だ。傷つけられる姿は見たくない」
「ならどうして?」
「私たちにも、面子があります」

答えたのは、逸見だ。

滅多なことでは座長の前に出ることはない、優秀なサポート役が、自ら説明をするのは珍しい。

それだけ滸の想いが、彼らに届いたという証拠だった。

「こういった商売をしていると、どこに行っても同じ手合いは現われます。脅迫状ならまだしも、鼠の死骸やら偽物の爆弾やら、嫌がらせで届けられるものは様々です。だからと言って、それらに屈して演目を中止しては、一座の信用に関わる。旅芸人など掃いて捨てるほどいますから、信用を失えば興業できる街は激減するでしょう」
「……」
「嫌がらせが投石という暴挙になり、千影が傷を負ったとしても、同じことです。面子に傷がつけば私たちは職を失う。ですから、演目を中止するわけにはいかないんです。卑劣な手段に膝を折るわけには、いかないんです」

真っ直ぐな逸見の視線を、滸はしっかりと受け止めていた。

納得したのか諦めたのか、大きく息をつく。

そうして。

「分かりました、ならこうしませんか?」
「え?」
「この街に滞在する間、うちの真昼を千影くんの護衛にお貸しします」
「は?」

満面の笑みで言われても、突然のことに場にいる誰も、話しについて行けない。

いや、当の真昼だけは、頭痛に堪えるが如く眉間にしわを刻んでいる。

「お前な、どうしていつもいきなり……」
「いい提案だと思うんだけどな。だって君、千影くんが危ない目に遭うのイヤでしょう?」
「……」
「座長さんたちもイヤですよね?」
「そ、そりゃあな」

滸の勢いに圧倒され、木崎はこくこくと頷いてしまう。

千影はと言えば、その提案に唖然とするだけだ。

「なら決まりです!舞台が迫れば、一座の皆さんはご自分の仕事が忙しくなって、護衛どころじゃないでしょうし、こう見えて真昼、出来る子なんですよ」
「出来る子はやめろ」
「え、何か間違えた?」

魔王を彷彿とさせる眼光でギロリと睨まれても、発言者はきょとんとするばかりである。

あんまりな発言に、逸見がひっそりと笑いを殺している。

いつの間にか話しがまとまってしまいそうな雰囲気に、千影は慌てた。

「あの、けど、それじゃあ真昼に迷惑がっ」
「俺のことは気にするな。お前が傷を負うのを黙って見ているより、自分で護衛した方がいいからな」
「でも……」
「お言葉に甘えたらどうだ、千影」
「武文っ?」

一座の最高権力者を振り返る。

彼は何故かひどく愉快そうな表情で、少年ではなく護衛を買って出た男に視線を向けている。

そこに潜む鋭い意志が伝わったのは、瞳に晒されている当人だけだ。

「滸さんの言う通り、公演になれば俺たちがお前を護衛することは難しい。情けないが、自分の仕事で手いっぱいだからな。真昼って言ったか?彼に護衛してもらえるなら、お前も安心だろう」

仕事に手いっぱいになるのは当然だ。

「シェヘラザード」に属するものは、みな自分の役割に自信と責任を持って働いている。

他のことに気を取られていれば、どんなミスをするか知れない。

千影の身を心配するなど、もってのほか。

真昼の護衛と言うのは、正直なところ有難い申し出だった。

「仁志を気絶させたくらいだ。真昼の腕も信用していいレベルだと思う。それとも、あれはまぐれか?」
「面白くもない冗談だな」
「だ、そうだ。まぁ、お前が嫌だって言うなら、別の手を考えるが……」
「イヤだとは言ってない」

間髪入れずに否定。

決して、嫌なわけではないのだ。

ただ、突然のことに戸惑っているのと。

真昼に護衛をされると思うと、膝裏あたりがぞわぞわとして落ち着かない気分になるだけで。

馬鹿みたいに、緊張してしまうだけで。

嫌なわけではない。

「なら決まりだ。真昼、これからしばらく、千影のことを頼む」
「あぁ、分かった」
「何か不便があれば、俺か逸見に言ってくれ。お前のことは、一座のみんなにも話しておくから」

そう言うと、話しは済んだとばかりに、木崎は逸見をつれてテントの奥へと戻って行ってしまう。

滸もまた、出口へと爪先を向けた。

「じゃあ、僕も戻ろうかな。君がいない間、こっちは僕と歌音ちゃんでフォローしておくから、たまの自由を満喫してきなよ」
「悪いな。だが、急なものがあれば持って来い」
「憧れの踊り子との時間を邪魔するほど、無粋じゃないよ」
「っ……!」
「え?」

何か今、意外なフレーズが紡がれたような気がする。

聞き間違いだろうかと首を捻る頃には、「じゃあね」と同時に、真昼の仕事の右腕は広場へと姿を溶け込ませてしまった。

後には千影と真昼の二人きり。

滸を見送ったままの男の背に、今のはどういう意味だと問いかける直前、彼がこちらを振り返る。

「余計な質問に答える気はない」
「は?」
「夜の公演があるんだろう。準備をしなくていいのか」
「いや、まだ時間あるから……って、そうじゃなくってさっきの……」
「だから答える気はない」
「なんだよそれっ!」
「言葉のままだ。時間があるならテントの中を案内してくれ、構造を把握しておきたい」
「それはいいけど、だからさっきの滸さんの言葉って……」
「脅迫状も現物を見せろ、具体的に何があったのか―――」
「話しそらすなよっ!!」

さっさと歩きだしてしまう真昼を追う少年が、答えを得られることはなかった。


――憧れの踊り子って、どういう意味?




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